「魅惑のフェチグラ」でおなじみ!! "フェチズムアート写真家"須崎祐次氏とは?
ある時はアーティストとして、ある時はフェチカメラマンとして活動している須崎祐次氏が25周年記念写真集『思想のテーブル』を発売されました。
内容は25年分の作品と出版された写真集の中から ”cosplay ”“ロリータ”“人間の穴“ の3部作構成で編集されています。
須崎氏の特異なその感性は、幼少期の異性への妄想や憧れへの原体験から始まり、彼の内面から吐き出されたその世界は、究極の自慰エロスそのもの。
ただし、その中に見え隠れするポップで、シュールな世界観は崇高な美しさも秘めたアートと言っても過言ではありません。そんな二極を持つ、まさにフェチズムアート写真集なのです。
内容は25年分の作品と出版された写真集の中から ”cosplay ”“ロリータ”“人間の穴“ の3部作構成で編集されています。
須崎氏の特異なその感性は、幼少期の異性への妄想や憧れへの原体験から始まり、彼の内面から吐き出されたその世界は、究極の自慰エロスそのもの。
ただし、その中に見え隠れするポップで、シュールな世界観は崇高な美しさも秘めたアートと言っても過言ではありません。そんな二極を持つ、まさにフェチズムアート写真集なのです。
『思想のテーブル』を須崎祐次氏へのQ&Aとともにちょっと見てみよう!!
Q.
活動25周年を記念した、写真集「思想のテーブル」が発売されましたが、これまで様々な作品を発表してきた 須崎さんにとって、創作の源は何ですか?
A.
自分の幼少の頃に体験した記憶と妄想が創作の源になっています。そこに現代(共感したり、面白いと思ったこと)を重ね合わせて、作品が生まれてきます。ロリータ的体験や”穴”のエピソードなど、色々ありました。 後でゆっくりお話しします!
活動25周年を記念した、写真集「思想のテーブル」が発売されましたが、これまで様々な作品を発表してきた 須崎さんにとって、創作の源は何ですか?
A.
自分の幼少の頃に体験した記憶と妄想が創作の源になっています。そこに現代(共感したり、面白いと思ったこと)を重ね合わせて、作品が生まれてきます。ロリータ的体験や”穴”のエピソードなど、色々ありました。 後でゆっくりお話しします!
Q.
今回3部作での編集とお聞きしましたが、初めの章の“ Cosplay ”について教えてください。
A.
作品としてコスプレイプロジェクト作品として今から17年ほど前から撮り初めました。
世間ではまだコスプレというものが出始めた頃ですね。
ある日、名古屋ドームでコスプレをした女の子がいました。
それを見たときに、手作り感があり、少し寂しげでとても シュールに感じ惹かれるものがありました。
僕がディレクションしたらどうなるかな? と。
僕は、幼少期に昭和の典型的な団地に住んでいました。
団地とは北と南で風景がはっきり違います。
北側はジメッとしていて、北特有の木や苔が生え、南側は正反対の世界があります。
そのような表と裏の環境で育った僕は、いつしか 人間の内面の表裏の面白さにハマッていきました。
コスプレとは変身願望で自分を装う遊びです。
人間も日々日常生活において”装い”常に自分に偽って生活しています。
それはまさに人間の表と裏の部分です。
私はコスプレというアイテムと人間そのものを重ねて”装うとは”をテーマにこのプロジェクトを始めました。 そして今回の写真集の1章でのこのテーマ では人間の表裏、心情を中心に構成しました。
今回3部作での編集とお聞きしましたが、初めの章の“ Cosplay ”について教えてください。
A.
作品としてコスプレイプロジェクト作品として今から17年ほど前から撮り初めました。
世間ではまだコスプレというものが出始めた頃ですね。
ある日、名古屋ドームでコスプレをした女の子がいました。
それを見たときに、手作り感があり、少し寂しげでとても シュールに感じ惹かれるものがありました。
僕がディレクションしたらどうなるかな? と。
僕は、幼少期に昭和の典型的な団地に住んでいました。
団地とは北と南で風景がはっきり違います。
北側はジメッとしていて、北特有の木や苔が生え、南側は正反対の世界があります。
そのような表と裏の環境で育った僕は、いつしか 人間の内面の表裏の面白さにハマッていきました。
コスプレとは変身願望で自分を装う遊びです。
人間も日々日常生活において”装い”常に自分に偽って生活しています。
それはまさに人間の表と裏の部分です。
私はコスプレというアイテムと人間そのものを重ねて”装うとは”をテーマにこのプロジェクトを始めました。 そして今回の写真集の1章でのこのテーマ では人間の表裏、心情を中心に構成しました。
Q.
他にもエピソードがあれば教えてください。
他にもエピソードがあれば教えてください。
A.
2章目の”ロリータ”については、僕が6歳ぐらいだったかな。
好きだった女の子といっしょに団地のひさしの所に行き、しゃがんだ彼女のパンツの中に、石を 1 つずつ無言で入れました。
なんだそりゃ、とお思いになると思います。
まだ、お互いに幼く"性"というものを意識してなかったんです。
この行動は本当に僕が現実に行ったことなのか、それとも妄想の中でこの虚像を作り出したのか。
今でもそれがわからない。
その時に感じた不思議な感覚を思い出したくて、このテーマに取り組んでいるのかもしれません。
2章目の”ロリータ”については、僕が6歳ぐらいだったかな。
好きだった女の子といっしょに団地のひさしの所に行き、しゃがんだ彼女のパンツの中に、石を 1 つずつ無言で入れました。
なんだそりゃ、とお思いになると思います。
まだ、お互いに幼く"性"というものを意識してなかったんです。
この行動は本当に僕が現実に行ったことなのか、それとも妄想の中でこの虚像を作り出したのか。
今でもそれがわからない。
その時に感じた不思議な感覚を思い出したくて、このテーマに取り組んでいるのかもしれません。
そして最後の章の”人間の穴 ”をテーマに 作品を作り出したのは、高校のある思い出から。
バスケの試合で他校に行った際、 更衣室の壁に、小さな穴が空いていました。
なんとなくドキドキしながらその穴を覗いてみたら穴の向こうは………。
その眺めは今でも鮮明に 僕の目の奥に焼き付いています。
Q.
最後に、写真集を手に取る読者に向けて一言お願いします。
A.
私は色々なテーマでプロジェクト作品を作っているので、今回膨大な作品の中で上手くまとめきれるのか心配でしたが、結局25年間女性作品がほとんどを占めていたおかげで、より選択技が増えて濃密な写真集に 仕上げることが出来ました。
バスケの試合で他校に行った際、 更衣室の壁に、小さな穴が空いていました。
なんとなくドキドキしながらその穴を覗いてみたら穴の向こうは………。
その眺めは今でも鮮明に 僕の目の奥に焼き付いています。
Q.
最後に、写真集を手に取る読者に向けて一言お願いします。
A.
私は色々なテーマでプロジェクト作品を作っているので、今回膨大な作品の中で上手くまとめきれるのか心配でしたが、結局25年間女性作品がほとんどを占めていたおかげで、より選択技が増えて濃密な写真集に 仕上げることが出来ました。
そして、私の頭の中の全てをテーブルに広げてみたら、という意味を込めて ”思想のテーブル”というタイトルを付けました。
25年もの長い期間の写真群で半分以上はフィルム作品でしたので、苦労した部分もありましたが、新しい技術 による高色彩、高濃度印刷。
また、紙の本ならではの仕掛け(遊び)もあり、楽しんでいただける見所いっぱいの写真集になっています。ぜひ手に取っていただけると嬉しいです。
(※画像をクリックすると販売ページに遷移できます。)
(※画像をクリックすると販売ページに遷移できます。)
8月にはヤンマガWebにてさらにチラ見せ!!
8月には『思想のテーブル』の別カットを公開する予定です!!
お楽しみに!!
お楽しみに!!