「講談社コミックプラス」に掲載されたヤンマガ作品のレビューをご紹介!!
(レビュアー/中野亜希)
(レビュアー/中野亜希)
『君が獣になる前に』さの隆
東京で暮らしていると、「なんかヤバそう」な人を見分けるセンサーが発達する。暴力の匂いを発する「一触即発」状態の人に敏感というだけなのだが、これがすれ違いざまに体当たりしてくる「ぶつかりおじさん」やナンパのような、ある種のテロから身を守るのに役に立つ。ふと思う。激しい破壊衝動を秘めながら、この暴力の匂いを完全に制御できる人間がいるとしたら。
一見普通の人が隠し持つ凶暴な本性とは、どこまで見抜くことができるものだろうか。
美しい幼なじみが史上最悪の「獣」に
『君が獣になる前に』は、『君が僕らを悪魔と呼んだ頃』のさの隆が描く、ある日突然幼なじみが史上最悪のテロリストとなってしまった男の物語。美しい幼なじみは残虐なテロを引き起こす、獣のような本性を宿していたのか、それとも‥‥。最悪の地獄から、サスペンスは幕を開ける。
主人公は神崎一、31歳。葬儀屋の社長だ。「社長」と聞いてイメージする風貌からはやや遠く、夜勤明けの姿はさえないフリーターのよう。
彼を「お兄ぃ」と呼ぶのは「琴音」。6歳下の幼なじみだ。気さくだが、駅には彼女の主演作のポスターがドーン! そう、琴音は人気女優でもある。
2人はともに子供のころに親を亡くし、兄妹のように育った。しかしそれも昔のこと。今は多忙な芸能人となった琴音が、約束もなく前に現れたことに驚く一 。
一緒にラーメンを食べ、服を買い、琴音のファンに囲まれれば手を取り合ってまいて逃げる。幼なじみで「兄」「妹」と呼び合う男女は多かれ少なかれ、お互い恋心を抱いていることも多いが、この2人も例外ではないようだ。
突然のお忍びデートの1日は、夢のように過ぎた。別れ際、琴音は謎の一言を残す。
琴音は何を言いたかったんだろう。よくわからないけど、今日はいろいろありすぎた‥‥。
疲れ切った一が眠りについたころ、ある事件が起きていた。
史上最悪の毒ガステロだ。しかも実行犯である琴音はその場で亡くなったという。直前まで琴音と一緒にいた一は、事件の重要参考人として警察に連行される。
警察で厳しい事情聴取を受け、被害者の遺留品のカメラに残った映像を見せられる。そこには苦しむ人々の姿や、ガスマスクをした琴音が現れ、自らもマスクを外して息絶えるまでが記録されている。そして、写っているはずのない「あるもの」も。
彼を「お兄ぃ」と呼ぶのは「琴音」。6歳下の幼なじみだ。気さくだが、駅には彼女の主演作のポスターがドーン! そう、琴音は人気女優でもある。
2人はともに子供のころに親を亡くし、兄妹のように育った。しかしそれも昔のこと。今は多忙な芸能人となった琴音が、約束もなく前に現れたことに驚く一 。
一緒にラーメンを食べ、服を買い、琴音のファンに囲まれれば手を取り合ってまいて逃げる。幼なじみで「兄」「妹」と呼び合う男女は多かれ少なかれ、お互い恋心を抱いていることも多いが、この2人も例外ではないようだ。
突然のお忍びデートの1日は、夢のように過ぎた。別れ際、琴音は謎の一言を残す。
琴音は何を言いたかったんだろう。よくわからないけど、今日はいろいろありすぎた‥‥。
疲れ切った一が眠りについたころ、ある事件が起きていた。
史上最悪の毒ガステロだ。しかも実行犯である琴音はその場で亡くなったという。直前まで琴音と一緒にいた一は、事件の重要参考人として警察に連行される。
警察で厳しい事情聴取を受け、被害者の遺留品のカメラに残った映像を見せられる。そこには苦しむ人々の姿や、ガスマスクをした琴音が現れ、自らもマスクを外して息絶えるまでが記録されている。そして、写っているはずのない「あるもの」も。
それは、あの日のデートで琴音がつけていたイヤリング。
右は星、左は月モチーフのそれを、琴音は別れ際の自分に投げてよこしたはずだ。
あのイヤリングがここにあるなら、事件の瞬間、琴音がこれをつけているはずはない……!
気づけば深い闇にとらわれていた
そんな一の思いとは裏腹に、警察での取り調べは続き、マスコミの取材も過激化する。「琴音は幼なじみの一の会社に仕事を回すためにテロで大量殺人を計画した」。そんなトンデモ説までもが飛び交う。
そんなある日、一はある女性から呼び出しを受ける。
一を待っていたのは琴音のマネージャーの「塩見さん」と、琴音の友人たち。業界人ばかりだ。そしてその誰もが、琴音の無実を信じている。琴音の無実を証明するため行動するなか、それぞれが命の危機にさらされ、震え上がる。怯える彼らの元に、人間の仕業とは思えない、さらに凄惨な動画が届く。黒幕がその存在を示しはじめた。
今生きているものの命が最優先――。皆が琴音の件から手を引く決断をするなか、一は真相に近づく決意を新たにする。しかしそれは、さらなる深い闇に、自らとらわれに行くことと同義だった。
一を待っていたのは琴音のマネージャーの「塩見さん」と、琴音の友人たち。業界人ばかりだ。そしてその誰もが、琴音の無実を信じている。琴音の無実を証明するため行動するなか、それぞれが命の危機にさらされ、震え上がる。怯える彼らの元に、人間の仕業とは思えない、さらに凄惨な動画が届く。黒幕がその存在を示しはじめた。
今生きているものの命が最優先――。皆が琴音の件から手を引く決断をするなか、一は真相に近づく決意を新たにする。しかしそれは、さらなる深い闇に、自らとらわれに行くことと同義だった。
あの日に戻れたら‥‥
塩見さんは笑って言う。「服のセンスがアヤしい人気女優テロリスト、そんなちぐはぐな肩書きあります?」と。
琴音はピュアで可愛らしく、芸能界に身を置いてもスレたところのない女性として描かれる。一もほぼ無条件に琴音の無実を信じている。そんな彼女は、獣のような本性のテロリストなのか? 彼女を動かすものは何か?
本作のメインとなるこの謎に加え、恐ろしいのが「黒幕」の存在だ。飛び抜けた残虐さはもちろんだが、暴力の気配をまるで感じさせず、警戒するスキさえ与えないので心底ゾッとする。ただそこにいただけの対向車や、普通の少女に見えるスナイパーが突然牙を剥く恐ろしさ。テロの被害に遭った人にとっては、琴音もそんな存在だったに違いない。
底の知れない存在を相手に奮闘する一がいるのは、まだ地獄の入り口にすぎないようだ。せめて、あのテロの前に戻れれば‥‥。
え? 戻れた?
一は時を遡り、琴音が獣になるのを防ぐことはできるのか。恐ろしい深淵が、大きな口を開けている。
※こちらの記事は講談社コミックプラス1/29更新の記事を再編集したものです。
レビュアー / 中野亜希
ガジェットと犬と編み物が好きなライター。読書は旅だと思ってます。
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