1人の青年がクルマと出逢い、その魅力にとりつかれ、バトルを重ねながらドライバーとしても人間的にも成長していく姿を綴った『頭文字D』は、日本のみなならず、アジア各国でも賞賛を浴びた、クルママンガの金字塔である。

 当企画は、同作において重要な役割を果たし、主人公・藤原拓海にさまざまな影響を与えたキャラクターにスポットを当てるというもので、ストーリー解説付き、ネタバレありで紹介していく。

 今回は、プロジェクトD、ダブルエースの一人である高橋啓介と恋愛シーンを繰り広げた岩瀬恭子を取りあげる。同じ愛車、RX-7同士のバトルと恋愛バトルの結果は果たして?

文/安藤修也 マンガ/しげの秀一

■岩瀬恭子はどんな人物?

顔を見れば、ぱっちり二重に鼻筋がピシッと通った美人タイプ。眉もキリッと描かれていて、意思が強そうにも感じられる。

初登場時にファミレスでダベッている友人と見比べても、ルックスは華やかだが、極めて目立つ存在というわけではない。身体つきも、これまで登場した茂木なつきのようにグラマー、あるいは佐藤真子のようにモデル風ではない。

しかしその実は、ハードなRX-7を愛車とする走り屋女子である。ファッションは実に粗野で実用的なものが多く、ジーンズはもちろん、時にはツナギ姿なども披露している。ただし、後に恋に目覚め、バトルを終えた後になると、生まれ変わったようにミニスカートを履いて登場。その姿は実にキュートである。

普段はカー用品店で働いているいたって普通のクルマ好き女性。走り屋として埼玉県O町をベースとする秋山延彦のチーム(チーム名は不明)に所属し、仲間内では「いつの間にか列の先頭走るようになっちまった」、つまり「一番速いクルマ」だと認識されている。

愛車はブラックのRX-7(FD3S型)で、フルエアロが組まれていることから、なかなか激しいチューニングが施されていると推察される。

なお、好きな男性のタイプは「あたしと同じロータリー乗ってる男でー、しかもあたしより絶対速くなきゃダメなの‥‥でもってあたしの大好きなFDに負けないくらいのかっこいいヒト」と語っており理想は高め(笑)。前述の友人からも「クルマとケッコンすればいいのよぉ」などと言われている。



■ひと目惚れした相手とバトルで結ばれる

当初は「ヘンな男とつきあうよりクルマ走らせてる方がずっと楽しい」という発言もあったが、ある日、プロジェクトDの遠征前に一度、埼玉を訪れた高橋啓介と出会い、ひと目惚れ。その日のうちから心の中で啓介のことを「ダーリン」と呼ぶほどその想いはディープであった。そして、ここから恭子は恋愛に覚醒し、心が解放されることになる。

性格はいい意味でわかりやすく、問題に直面しても心を立て直す逞しさを持ち合わせている。プロジェクトDとのバトルで、ヒルクライムの相手が啓介だと知った時は、「あのヒトとバトルなんてできないよー。逃げ出しちゃいたいー」と泣いていたのに、バトル前までにはしっかりとモチベーションを高めてきた。

さらに、バトル前に故障した恭子のRX-7を修理しようとする啓介を見て、「好き‥‥大好きなの。もう‥‥どうしようもないくらい!!」と、男なら誰もが言われたいソウルフルなコメントも残している。とにかく若者らしく一途でまっすぐなのだ。

バトルが始まると、「小細工なしで真正面からぶつかりたいんだろう」(延彦談)と、性格そのままに、どこか振り切ったようなテンションで啓介に挑んでゆく。その力強いパフォーマンスは特筆すべきものがある。

一方、啓介はバトル中に微妙なアクセルワークについて悩むが、同じFDとのランデブーで、恭子と意識を交錯し、心で結ばれる(ような描写がある)。結果、ひとつの解を見つけ出して成長。言うなれば、啓介がひと皮むけるための手助けを恭子がした形にもなった。



■ふられてもへこたれないポジティブマインド

自分のバトルが終わった後、延彦と拓海のダウンヒルバトルの最中に(笑)、恭子は啓介に彼女の有無を尋ね、「いない」と言われてはしゃぐ。そして翌日、意を決した恭子は、群馬の赤城山を訪れる。啓介を見つけ出すと、「好きなの‥あなたのこと‥‥」と堂々と告白している。この推しの強い彼女の姿は強く印象に残るものがある。

結果的には、今はクルマのこと以外考えられないという考えを持つ啓介からふられてしまうのだが、恭子はへこたれない。後日、プロジェクトDが埼玉エリアにて別のバトルをする際に、やはり啓介のことが気になり、ふらりとバトル場所を訪れる。

ドタバタ劇の後、二人きりで食事をし、啓介は恭子のRX-7の助手席で居眠りをしてしまう。啓介が強い口調で付き合うつもりはない旨を伝えていたものの、どちらへ転がるがわからないこの恋愛描写のリアルさに惹きつけられてしまった男子読者も多くいたに違いない。


一連の恋愛パートでは、ただ奔放なだけでなく、揺れる恭子の想いがしっかりと綴られている。このあたり、しげの先生の手腕の確かさと引き出しの多さをまざまざと見せつけられる思いだ。ハタチ前後の女子を描くにあたって、リアルに時代に即していたかといえばそうではないかもしれないが、若者なら必ず抱いていたであろう恋愛に対する漠然とした不安感を感じさせるあたりが実に素晴らしい。

岩瀬恭子の存在が、恭子以前/恭子以後と形容されるような、『頭文字D』における明確な分岐点だとは言えないかもしれない。しかし、証明する手立てはないが、同作品における岩瀬恭子の登場が、峠シーンで潮目を変えた部分はあるかもしれない。

走り屋と女子との間にあった高い垣根が取り払われ、実際にスポーツカーを買ってみよう、改造してみよう、そして走ってみようという普通の女の子たちが増えたような実感がある。老若男女、クルマの楽しみ方は多彩でいいのだ。


■1話丸ごと掲載/Vol.266「ロータリーに乗った王子様(後編)」

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