1人の青年がクルマと出逢い、その魅力にとりつかれ、バトルを重ねながらドライバーとしても人間的にも成長していく姿を綴った『頭文字D』は、日本のみなならず、アジア各国でも賞賛を浴びた、クルママンガの金字塔である。

当企画は、同作において重要な役割を果たしたさまざまなキャラクターにスポットを当てるというもので、ストーリー解説付き、ネタバレありで紹介していく。

今回は、さまざまな人物と知り合い、成長をしてきた藤原拓海にとって、最も重要な出会いとなった人物、高橋涼介を取り上げたい。完璧主義でクールで他人を寄り付かせない雰囲気だが、その実は人と人とをつなぐ愛や優しさに溢れたキャラクターである。

文/安藤修也 マンガ/しげの秀一



■高橋涼介はどんな人物?


『頭文字D』に登場するすべてのドライバーが各人の全盛期の能力でバトルをした場合、最高のパフォーマンスを発揮するのは誰か。そんな夢のような議論をしたならば、確実にトップの1人として名前が上がるのがこの高橋涼介だ。

運転技術はもちろん、クルマに関する知識も戦術も備え、そのうえルックスまで優れていて、圧倒的な読者人気を獲得していた完璧なキャラクターである。

涼介は、群馬県出身で赤城山に本拠地を置くチーム・赤城レッドサンズのリーダーにしてナンバーワンドライバー。愛車のRX-7(FC3S型)のボディが白いことから「赤城の白い彗星」とも呼ばれ、藤原拓海が登場するまでは、不敗伝説を築き上げた群馬最強のドライバーでもあった。また、弟の啓介もRX-7(FD3S型)乗りで、「ロータリーの高橋兄弟」としても名がとおっていた。

一方、その素性は大病院の院長の息子であり、自身も本業は医学生である。「走り屋」と「医師」という両極端な分野で、どちらにも優れた能力を遺憾なく発揮するという、まさに異端の天才であったが、将来は医師になるという道をすでに決めていた。

その言動は、就職前の青年とは思えない成熟したものが多く、それでいて、高度な知性からくる高慢さのようなものは感じられず、弟(高橋啓介)のような攻撃的な感情もほとんどみられない(作品初期には荒い言動も多少見られたが)。そしてその思考や行動には、あまり葛藤のようなものが見られない、天性のリーダー気質を持つ男なのだ。


■心を開き、導き、旅立つきっかけを与える

この作品中、最もカリスマ性を感じさせるキャラクターともいえる涼介だが、多くの人物が彼に憧れや尊敬の念を抱き、人の人生を変えるほどの人格も持っていた。それは、藤原拓海を“公道最速”への道へ誘っただけでなく、弟の啓介はもちろん、戦ったバトル相手や、因縁のライバルである須藤京一までをも感化させるほどであった。

そのエピソードは、須藤京一が自らのチーム・エンペラーを率いて赤城へ遠征に来た際のこと。涼介のRX-7は京一のランエボIIIを見事に打ちまかし、単純にバトルで勝利を納めただけでなく、バトル後には理路整然としたアドバイスにも近い意見を京一にぶちかまし、彼を呆然とさせる。そして「見えたと思ったおまえの背中が…またかすんでいく。まさに公道のカリスマだぜ‥‥!!」とまで言わしめたのだ。


この2人には因縁があり、この赤城でのバトルのおよそ1年前に、「モータースポーツ仕込みのテクニックこそ最強」とする京一と「峠には峠の最速理論がある」とする涼介とがぶつかっていた。この時も涼介が勝利を収めているのだが、その後、お互いが経験を積み、成長を重ねたうえでの再戦は、まさに哲学と信念をかけたバトルとなった。

事前に拓海のハチロクを赤城でのバトルで破っていた京一ではあったが(涼介はハチロクに敗れている)、そのバトルをも京一の苦手意識を見つけるために利用した涼介の慧眼、恐るべしである。また同時に、涼介はこの京一とのバトルで赤城のコースレコードをも打ち立てている。



■トラウマを克服し、前へ進もうとする勇気

高橋涼介は、主人公である拓海に歩むべき場所を示す人物である。それまで拓海がこもっていた小さな世界から抜け出させて、彼に手を差し伸べる偉大な存在として描かれている。

しかもその手法は、自分の理想を追求する部分と本人の意思を尊重しようとする部分とを見事に両立しながら、拓海本人を納得させたうえで、ちょっとコミュ障的な拓海の心を開いている。何科を目指しているのかはわからないが、きっと将来はいい医師になるに違いない。

その一方で、涼介は自分の生きる場所を達観していることもすごい。プロジェクトDという壮大な計画を思いつきながら、自身はドライバーではなく、チームを率いるリーダーとして後方に控えるのである。もちろんこの計画はすべて涼介の思うままに達成され、彼が考えた「D」の意味も分かることになるのだが。

物語後半に明かされることになるが、実は涼介自身も心に闇を抱えている。天才的な頭脳を持ちながら、いつも苦しみ、悩み、悶々としている。最も失いたくなかったものを失ったというトラウマ。

しかし、峠バトルという形のイニシエーション(通過儀礼)を経て、自らの力でそれを吹っ切り、成長を果たすことになる。この涼介の心の旅立ちを見るためにも、『頭文字D』はラストシーンまで見逃すことはできないのだ。


※この記事はベストカーWebの記事を再編集したものです。

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