連載期間18年の間にコミックス全48巻を刊行し、一大ブームを巻き起こしただけでなく、現在も読まれ、そしてさまざまな角度から検証され続けて、ファン層を拡大しつつある怪物マンガ『頭文字D』。

 同作品に登場したクルマたちの世界観と魅力を読み解いていく本連載。今回は、日本を代表するスーパーカー、ホンダ NSX(初代モデル)を取り上げて、スーパーカーはすべてが“スーパー”であるべきか否か、その是非について考える。

文/安藤修也 マンガ/しげの秀一


スーパーカーらしからぬ部分


ホンダ NSX(1990-2005)/全長4430×全幅1810×全高1170mm、エンジン:3.0L V型6気筒DOHC(280ps/30.0kgm)、価格:800万3000円

「NEW SPORTSCAR X」、つまり新時代のスポーツカーのあるべき姿として命名されたNSXは、1990年に登場するやいなや、世界にセンセーションを巻き起こした。

当時としては異例だったが、これは「優れたユーティリティ性能を持つスーパーカー」であり、ゴルフバッグが積めるトランクや、広大な視界を確保するウィンドウなど、ある程度の高い実用性を備えていた。

それまでは、「スーパーカーといえばピュアスポーツ」と見なされていたが、NSXの登場以降、「スーパーカーだからといって使い勝手を犠牲にするのはおかしなこと」という考え方が生まれたのだ。


1990年当時、F1で大活躍していたホンダの最先端技術を搭載し、運動性能を可能な限り高めたミッドシップスポーツ。オールアルミモノコックボディが採用され、栃木に建設された専用工場で限定生産された

その後、世界の名ブランドから、より運転が安楽で、乗り心地が快適で、実用的に使えて、さまざまな部分がイージーなスーパーカーも登場することになる。アウディ R8や日産 GT-Rなどはその典型だろう。

ただ一方で、NSXはいわゆる「羊の皮を被った狼」でもある。R8やGT-Rもそうだが、公道からサーキットへと一歩足を踏み入れ、ひとたび本気で走ろうとすれば、下手なスポーツカーでは太刀打ちできない類いまれなる走行性能を秘めている。

たとえば、エンジンのミッドシップ搭載はもちろん、市販車としては世界初となるオールアルミボディの採用など、走りに対する凝った造りが当然のように搭載されていた。


ラスボスとして君臨

実際に試乗するとなれば、やはりただならぬ緊張と官能性が溶け合った感覚を味わえる。これは普通のスポーツカーでは味わえないもので、やはりこのあたりがスーパーカーたる所以なのだと再認識させられる。

そんな立ち位置のNSXが、『頭文字D』作中でバトルするのは、高橋啓介が駆るRX-7(FD3S型)だ。主人公である藤原拓海と同等の人気と実力を誇る同キャラにとっての、“ラスボス”として君臨するのだった。

このバトルは、それぞれのクルマとドライバーの立ち位置に相応しく、単行本にして2巻半という長丁場となる。

が、長いにも関わらず、追い抜きのシーンは一回もなく‥‥と書くと、なんだか実際に読んでいない人は拍子抜けしそうだが、バトル中に2台(2人)の間でかわされる切実な駆け引きは、人間の本質がえぐられるような深いシークエンスにまとめられている。

最終的には、NSXを駆る北条豪の心の開放に加えて、クルマへの夢と人間の衝動を見事に表現した秀逸なバトルとして、今もファンの間で語り継がれている。

しげの先生の筆力によって生み出された2台の描写も素晴らしい。艶やかさと力強さを融合させたようなRX-7と、ある意味、そのスタイリングだけで、実際にハンドルを握ることがなくても、スーパーカーであることを伝えることができることを証明したNSX。

しげの先生の描き込みによって、両車のデザインの魅力が、余すところなくスペクタクルに表現されている。


■前衛的スタイルのエモーショナルな魅力

NSXのスタイリングは独特だ。前述のようにミッド搭載されたエンジンの後方にトランクを備えているため、リアのオーバーハングが長いのが特徴である。それまでのミッドシップスポーツといえば、後端をスパッと切り取ったようなスタイリングが主流だった。こういった人の視線を集めるような、ある意味、前衛的なビジュアルもスーパーカーらしさであろう。

実用性の高さに加えて、このスタイリングもまた、議論の余地があるクルマではある。しかし実際のところ、NSXはそのスペクタクルな走りとスタイリングによって高い人気を獲得し、国産スポーツカーの到達点のひとつとして、日本自動車史に鎮座している。

NSXが、日本のみならず世界のスーパーカーの発展や進化に大きく寄与したといっても過言ではないだろう。

実はかなりのロングセラーモデルであった初代NSX。さまざまなスポーツモデルが生産終了、あるいはモデルチェンジしていくなかで、約15年も販売され続けた。しかし、何年経ってもいいクルマはいいものだ。あの時代、日本の最高峰に立ったモデルは、今も色褪せない魅力を放っている。


※この記事はベストカーWebの記事を再編集したものです。



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