1人の青年がクルマと出逢い、その魅力にとりつかれ、バトルを重ねながら、ドライバーとしても人間的にも成長していく姿を綴った『頭文字D』は、日本中のみならず、アジア各国でも賞賛を浴びた、クルママンガの金字塔である。
当企画は、同作において重要な役割を果たし、主人公・藤原拓海にさまざまな影響を与えたキャラクターにスポットを当てるというもので、ストーリー解説付き、ネタバレありで紹介していく。
第一回目となる今回は、主人公・藤原拓海の父親にして、「伝説の走り屋」でもある藤原文太を取り上げる。
文/安藤修也 マンガ/しげの秀一
■藤原文太はどんな人物?
藤原豆腐店の経営者で、家族は高校生の息子、拓海がいる。
伊香保温泉と思われる地域に根ざした豆腐店で、近隣のホテルや旅館へ向けた豆腐を製作、販売することを主な生業としているようだ。豆腐販売というのはハードな仕事で、前日の仕込みはもちろん、朝食の時間に合わせて早朝から配達しなければならない。
文太は、この早朝配達を13才になった長男、拓海に託す。現代的な見方からすれば(いや、当時から見ても)なかなかヤバい所業であるが(笑)、この時、コップの水をこぼさずに走らせている。表向きは豆腐を傷めないためだと伝えたが、実は拓海に荷重移動のコツをたたきこむためだったとか。
つまり、この行動は経済性、効率性などの理由からではなく、後の息子のドライビングテクニック向上へとつながる、モラトリアム的なモチーフで描かれている。
一見、社会性を帯びていないプロットのようだが、主人公・藤原拓海にとって、文太は名実ともに師匠であり、その天才的なドライビングテクニックを生み出した要因がこの父の行動であったことはまぎれもない事実。そして親父と息子の交流の仕方や師弟関係は、物語の最後まで不変である。
■クールで話しかけづらそうなルックス
古来、マンガにおいて目が細い人物というのは、ニヒルな性格のキャラクターに多いものだが、この藤原文太もその例に漏れず、どことなくクールで話しかけにくい雰囲気の面相をしている。
「寡黙で渋い」、「主人公のそばにいていいアシストする」、「通好みのキャラクター」といった鉄板の法則どおりの活躍を見せる。顔の造り的には、息子である拓海とそれほど似ていないが、きっと拓海は母親似なのだろう。
性格は自己中心的でワガママ。そして前述の細い目のせいもあってか、基本的に感情の高まりを画的に見出すのは難しいが、実はかなりの負けず嫌いでもある。服装は基本、Tシャツにジーンズ。オシャレとは言い難いが、食品を扱う人らしく、シンプルで清潔感がある(無精髭は除く)。愛煙家であることも含め、このあたりの設定は、いい意味で時代の空気感を醸し出しているようだ。
そしてなにより、端的にこのキャラクターが支持される一番の理由といえば、運転が誰よりも上手い、カーバトルに関しては最強キャラクターであること。
愛車のトヨタ・スプリンタートレノ(AE86型)は、配達車両も兼ねているため、当然、ボディ横にはビシッと店名が刻印されている。この攻撃的な印象など皆無なマシンが、後に息子の拓海に譲られ、数々の伝説を生み出すことになる。
なお、いずれ文太自身も、スバル・インプレッサWRX STiバージョン (GC8型)へと、乗り換えることになる。
■無表情で華麗な技を繰り出す技術
拓海や秋名スピードスターズの面々がバイトするガソリンスタンドの店長である立花祐一とは古くからの友人で、たまに夜のドライブに誘い出すくらいの仲。この日も、文太は「ドライブ行かねーか今から」とフランクに誘い出す。「無茶しない」、「ドリフトなし」と約束したうえで、店長(立花祐一)もしぶしぶ助手席に身体をしずめることになる。
実際に走り出すと、自然と話題は息子・拓海の成長話へ。文太曰く、前から上手かった運転が、ひとつカベを超えて速い走りをするようになったとのこと。
店長から拓海にドラテクの英才教育を施す理由を聞かれると、「べつにねらいなんてねーんだよ。拓海が少しずつうまくなっていくのがおもしろいだけさ」と、本音を語っている。
その後、足まわりのチェックをするためと理由をつけると、文太の操るハチロクは驚愕のスピードでコーナーへ侵入し、華麗なドリフトを見せつける! さらに、このドリフトの真っ最中に文太は、あろうことか両手をハンドルから話してタバコを吸うという人間離れした技を見せている(なお、理由は「ちょっとタバコすいたくなった」というもの)。
無表情でドリフトを完成させる姿もかっこいいが、やはり常人では真似できない神業テクニックには読んでるこっちもノックアウトされる。そして、この走る姿勢の余裕さが、いつも集中して走る拓海の乗り方と対比されることで、文太の天才性がはっきりと浮き上がってくるのである。
峠を走っていた頃、何かに到達できず、何にもなれなかった多くの走り屋たちに代わって、文太は中年になってからもカーライフを満喫している。父子家庭ながらピュアでみずみずしく育った息子と戯れたり、愛車でドリフトしている。
実は家族愛に溢れ、戻りたくても戻れないあの頃に連れて行ってくれるこの男に、だから我々は憧れる。
※この記事はベストカーWebの記事を再編集したものです。