1人の青年がクルマと出逢い、その魅力にとりつかれ、バトルを重ねながら、ドライバーとしても人間的にも成長していく姿を綴った『頭文字D』は、日本中のみなならず、アジア各国でも賞賛を浴びた、クルママンガの金字塔である。

当企画では、同作において重要な役割を果たし、主人公・藤原拓海にさまざまな影響を与えたキャラクターにスポットを当てるというもので、ストーリー解説付き、ネタバレありで紹介していく。

今回は、主人公・藤原拓海の人生に最も影響を与えた人物と言っても過言ではない(過言か!?)、同作前半のヒロイン、茂木なつきを取り上げる。

文/安藤修也 マンガ/しげの秀一


【茂木なつき】はどんな人物?


藤原拓海と同学年で、群馬県在住の女子高校生。まだ若く青かった藤原拓海の周囲を大いに惑わし、後に彼の人間的な成長の糧にもなった魅力溢れる女性である。拓海がハチロクでバトルを始めた頃から急接近し、交際することになる。2人の関係は、高校3年生の1年程度で終焉を迎えた短命カップルだったが、その刹那に儚くも眩しい輝きを放った。

なつきは、拓海と付き合うまで、父親世代の男といけない関係にあった。いわゆる援助○際というやつだ。ヤングマガジンが青年マンガ誌であったことをまざまざと感じられる事実でもあったが、たいていのマンガでは、主人公の彼女といえば清純で、天衣無縫で、アイドルのような存在である。そういう意味でも、この部分はなつきの特異性を示すエピソードと言えよう。



そして、その事実を知った拓海は、一度、彼女のことをつきはなすものの、やがて彼女のことを理解し(彼女の魅力にノックダウンされ?)、紆余曲折ありつつも、復縁することに。ただ、せっかくいい関係を築き上げた2人だったが、なつきはネクストレベルの人生を目指し、(専門学校へ進学するため)東京へ旅立ってしまうことになる。

拓海も彼女の考えに理解を示して別れを決意するのだが、その後、拓海は人間としても走り屋としても、急成長を遂げていくことになる。その萌芽が、茂木なつきとの充実した恋愛にあったと言っても間違いではないだろう。


誰もが振り向くようなルックスで天真爛漫で


ルックスは、瞳ぱっちり、唇ぽってり、眉毛は濃いめという、美少女特有のもので、とにかくゆるぎがない。美人系というより可愛い系で、スタイルもスリム過ぎず、ある程度脂肪があってふんわりしている。彼女自身もその魅力を十分承知しているようで、常に堂々と立っている。そんな印象が強い。

髪型は、ショートからセミロングくらいの長さのボブで、これもやはり男好きのする感じ。制服姿は、まんま当時流行していたコギャルだが、プライベートのファッションは、ミニスカートが多く少女趣味に傾倒している。

これを魅力的とするか否かは読者各人の趣味によるところだが、付き合う相手が、拓海のようなステレオタイプの峠の走り屋系ボクトツ男子であることを考えれば、それは極めていい塩梅で効果的だったのだろう。



同作のヒロインということで、ここまではさすがの貫禄だが、彼女の魅力はルックスだけではない。単行本発売時から20年以上が経った今読み返してみても、なつきの言動には男心をくすぐるものがある。

強がりを言ったりすることは少なく、困ったことがあれば男に頼る性格で、一見おっとりしたお姫様タイプでありながら、言いたいことがあるとズバッと発言して周囲を驚かせる。天真爛漫な、いわゆる“魔性”タイプだが、古来、男はこういう女に弱いものだ。


クルマ好きな若者たちを高ぶらせる存在


そんな、なつきの魅力が大いに感じられるのが、作品序盤で展開された拓海との2つのデートシーンだ。高橋涼介から挑戦状が届いたことで、なつきと秋名湖を訪れた拓海はいつにもましてボーッとしている。

なつきはそこで初めて拓海が峠バトルをしていることを知り、自分が思っていた拓海の本性を語る。そしてハチロクの車内に入ると、サッカー部時代に拓海が退部した真相を、実は知っていたと告白。気持ちを確かめ合ったふたりは、初めてのキスをする。

俄然、距離を縮めたふたりは、後日、今度は温泉街をデートしている。ここでは、クルマの魅力について語る拓海を眺めて、なつきは瞳を潤ませる。そして、「負けてもいいけど事故だけはしないでね」といじらしい発言をするのであった。



このウブなハイティーンが織りなす2つのシーンで、しげの先生は若い恋人たちの生々しい不安や焦燥感を巧みに描写している。その捉え方、切り取り方は、本当にお見事としか言いようがない。

当時、(地域的な違いはあるにせよ)コギャルは世紀末を謳歌していたが、なつきはまったくスレていなかった。無邪気で、イノセントで‥‥ただ、純真だが、純潔ではない。拓海との1年間の交わりと、それによる微妙な心の揺れ、そしてその後の前向きな決断を見ても、いったいなぜそんなに生き急いでいるのか? と考えてしまいがちだが、若さとはそういうものだ。

ヒロインによる援助○際というショッキングなストーリー展開は、当時としてはかなり先鋭的だったはずだ。もちろんクルマの描写もバトルの展開も一線級であったが、このマンガが汗臭いカーバトル一辺倒だったら、あれほど多くのヤングたちから支持されたのだろうかと考えると、そうではないと思う。

帰するところ、茂木なつきというロマンチックな存在は、『頭文字D』が歴史的名作になった理由のひとつなのである。


※この記事はベストカーWebの記事を再編集したものです。



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