1人の青年がクルマと出逢い、その魅力にとりつかれ、バトルを重ねながらドライバーとしても人間的にも成長していく姿を綴った『頭文字D』は、日本のみなならず、アジア各国でも賞賛を浴びた、クルママンガの金字塔である。

当企画は、同作において重要な役割を果たし、主人公・藤原拓海にさまざまな影響を与えたキャラクターにスポットを当てるというもので、ストーリー解説付き、ネタバレありで紹介していく。

今回取り上げるのは、同作の主人公である藤原拓海だ。ついに、やっと、いよいよ、満を持して当コーナーに登場となるわけだが、今回は彼の幼き頃をピックアップ。単行本48巻(新装版24巻)に収録された「番外編」における、拓海少年とクルマや家族との関係について見ていこう。

文/安藤修也 マンガ/しげの秀一



■「ハチロク」を知らしめた藤原拓海のカリスマ性


この記事を読んでいる読者諸兄であれば、もはや藤原拓海という男がどんな人間か、ご存じであろう。藤原とうふ店のひとり息子で、家のクルマはスプリンタートレノ(AE86型)。物語のスタート時は高校生で、普段はボーッとしている天然系だが、クルマの運転に関しては、ワン・アンド・オンリーの天才的なドライビングテクニックを発揮する──というのが彼のプロフィールだ。


今回取り上げるのは、拓海の原点に触れられる、2008年の『月刊少年ライバル』に掲載された「拓海外伝」である。2008年といえば、本編ではプロジェクトDが神奈川遠征第2ステージを戦っていた頃。激戦に次ぐ激戦の最中で、拓海はすでに関東近郊の走り屋たちから恐れられるほどの存在となっていた(本人にあまり自覚はないかもしれないが)。

しかし、この外伝での拓海は、まだ14歳の中学生。プロジェクトD結成から5年ほど前となる話で、近所の果実店のおばさんからは「顔は文ちゃんに似ないで母親に似たんだわね‥‥」と言われるとおり、目のぱっちりした美少年である。

身体ものちの拓海と比べるとひとまわり小さく、頭のサイズが大きく描かれている。髪もなんだかツヤツヤしていて、本編と比べると硬くなさそう(?)。5年後の涼しげな表情の片鱗が見え隠れする爽やかさだが、根っこは変わらず、性格は無口で奥手なタイプである。

家庭環境に関しては、やはり本編と変わらず、父子家庭である。外伝でも母親の存在は描かれていない。そしてこの父と息子、会話が少ないだけでなく、拓海は父・文太のことを一方的に嫌悪しているようで、心のなかで「あいつ」呼ばわりしている(表向きは「父ちゃん」呼び)。もちろん思春期なら誰でもこういう香ばしい思いが心の奥底に渦巻くものだろうが、複雑な家庭環境は将来への不安を感じさせる。


■初々しくも才能あふれるドライビング姿

この外伝の1年前、つまり拓海が中一の頃から、すでに文太は早朝の配達(クルマの運転)を拓海に任せている。もちろん違法だし、マンガでしかありえない設定だが、これも文太なりの天才ドライバーの育て方。この頃は、「速さよりコントロールが大事なんだ」などと運転に関するアドバイスもしてあげているようである。

走行シーンを見るかぎり、コーナーを目いっぱい使ってしっかり4輪ドリフトをしているし、醸し出すムードが感じられる。つまり、後の天才ドライバーの運転のセンスを断片的に見ることができるのだが、本人の感想は「つまんない」「すこしでも早く帰ることしか考えてないよ」などと、運転に興味はゼロである。

まだ運転をはじめて1年。このあたりが拓海にとってクルマの原体験なのだろうが、それほど考えず、ただ与えられた仕事として運転をしているようだ。ちなみに、文太とケンカして、(一方的に怒り)“グレる”ため、制服のままハチロクに乗って市街を走っていても誰からも注意されない。これも運転がうますぎるからであった(笑)。

そしてやはりグレて家出するために、この頃から唯一の友人であるイツキの家に泊まることになる。もちろん現実ではNGな行動だが、イツキに進められビールを飲んでしまう。酔いがまわると、文太のことを「あんなやつー」「バカだからー」などと悪態をつくのだが、同時にここで「あれ、なんだろうズキッて‥‥」と胸の痛みを覚えている。心根の優しい少年なのだ。


■不世出の存在へと成長するための成長譚

結局、翌早朝に文太がイツキの家まで迎えに来てくれるのだが、その帰路では文太の走りを見せつけられることになる。文太は、「拓海なら一回見せれば気がつくだろ‥‥」と、一切発言せずに全開ダウンヒルを敢行。拓海は運転テクニックの凄さを言葉ではなく身体で感じ取り、「父ちゃんが光ってる」「すげえや」「かっこいいよ」と、甘酸っぱくも新鮮な思いを発するのである。


拓海がドライバーとしての確かな資質を持っていたことがわかるショートストーリーだが、彼が社会や家族にも視線を向けていたことにも注目したい。家が貧乏だと認識しており、誕生日プレゼントをねだろうなんて考えないし、親の背中にひたむきさを感じ取っている、涙ぐましい少年であることがわかる。なお、こういうところは成長後の拓海も変わっていない。



14歳といえば精神的にはモラトリアムな頃。多くの少年少女が、なにかに情熱を傾けたり、なにかに夢中になったりしながら、反抗のエネルギーをどこにぶつけていいか逡巡し、しかしどうにもならない自分にイライラする時期である。拓海も多分に漏れず、潜在的に抱いていた父親への反抗心をストレートに反映させている。

そんな複雑な少年心理を切り取った、まるで小説や映画のような短編だが、最終的にはしっかりと前を見据えることになり、父親との関係を取り持つのがハチロクであるというのは、クルマにとっても面目躍如であった。


※この記事はベストカーWebの記事を再編集したものです。

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