1人の青年がクルマと出逢い、その魅力にとりつかれ、バトルを重ねながらドライバーとしても人間的にも成長していく姿を綴った『頭文字D』は、日本のみなならず、アジア各国でも賞賛を浴びた、クルママンガの金字塔である。

当企画は、同作において重要な役割を果たしたさまざまなキャラクターにスポットを当てるというもので、ストーリー解説付き、ネタバレありで紹介していく。

今回は、前回に引き続き、主人公の藤原拓海を取り上げる。拓海の天才的テクニックの成長過程と高校生らしいほのぼのした恋愛風景が見て取れるエピソードから起きるケミストリーとはいったいどんなものだろうか。

文/安藤修也 マンガ/しげの秀一


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■藤原拓海はどんな人物?


まずは藤原拓海の簡単なプロフィールから紹介する。

藤原とうふ店のひとり息子で、物語開始時は高校3年生。父親所有のAE86型スプリンタートレノを乗りこなし、中学時代から(!)の日課は早朝の豆腐配達である。それまでクルマにたいして興味のなかった拓海だったが、ある日、配達の最中に高橋啓介のRX-7をブチ抜いたことから、拓海のシンデレラストーリー(天才伝説)が始まることになる。

ガソリンスタンドでアルバイトをしていたにも関わらず、クルマのことが好きなわけでもなく、また、知識もそれほどなかった拓海(筆者の若い頃はスタンドでバイト=クルマ好き認定されていたものだ)。

しかし、毎日の秋名山での配達(走行練習)によって天才的なドライビングテクニックが身についており、ひとたびステアリングを握れば、強烈なインパクトを放つ走りを魅せる。そして周囲にその実力が知られるようになると、次々とライバルたちが挑んでくるようになる。

そもそもマンガにおける主人公というのは、読者が共感できるタイプ(普通、あるいはダメ人間)か、憧れを抱くタイプ(天才、スーパーマン)のどちらかに大別される。

拓海の場合、クルマの運転に関してはまさに後者で、人智を超えた凄まじい能力を持った不世出のドライバーなのだが、普段はボーッとしていることの多い天然系の青年で、クルマに乗っていない時は完全に前者だったりもする。

後に、群馬トップのチームである赤城レッドサンズをベースにした「プロジェクトD」へ、エースドライバーのひとりとして迎え入れられることになるのだが、今回取り上げるのは、気になる女子に請われてハチロク以外のクルマで秋名以外の峠を攻めるという、拓海にとって、ある意味ターニングポイントとなった、プロジェクトD結成前夜のエピソードだ。



■拓海をその気にさせたなつきの懇願

この頃の拓海といえば、群馬勢の脅威となっていたエンペラーのランエボIVを打ち負かした後であり、周囲に盛り立てられつつではあったが、実戦経験を積みながら自身のドライビングテクニックも猛スピードで成長させていた。一方で、高校生活では茂木なつきと急接近するなど、むせかえるほど濃厚な青春を駆け抜けている時期であった。

ある日、なつきと街を歩いていた拓海は、サッカー部時代の先輩である塚本と出会い、話の流れから塚本の愛車180SXで夜の赤城山へギャラリーとして出向くことになる。

しかし道中、塚本のド下手な運転に酔ってしまったなつきは、山頂で同様にギャラリーをしていたカップルのクルマにぶつかってしまいトラブルに。帰路は拓海がハンドルを握ることになるのだが、走り始めてすぐ、トラブルの相手カップルが乗ったクルマを見つける。


「あのクルマ追ってー」「ギャフンと言わせてやんないと気がすまなーい」となつきに懇願され、なにか吹っ切れたかのようにそれに応じる拓海。一瞬で走りに入り込む圧倒的な集中力、相手の実力を見極める眼力、ハンドリングの確かさ、ブレーキングの妙‥‥それらを実に堂々とした態度で繰り出し、カップルの乗るS13シルビアに勝利するのであった。

そのスリリングな走りは、読んでいるこちらも手に汗握るほど。助手席の塚本先輩は当然のように悲鳴をあげるが、後席のなつきは意外にも平気な顔をしていて、「怖いどころかめちゃめちゃ楽しかったよー」とのこと。まったく身のほど知らずの女子とは恐ろしいものである(笑)。それにしてもこの刹那、初めて乗ったクルマで初めて走る道を、凄まじい速度で走り抜けた拓海の類まれなる適応能力には驚かされるばかりだ。




■この後、拓海は凄まじい速度で成長する


『頭文字D』にしてはポップな展開である。なつきとの恋愛風景をメインに普通の高校生らしい等身大のエピソードを据えながら、彼女に言われて他車とバトルする流れにつなげている。


一見すると、まったく意味のない休憩話のような気もするが、しっかりと拓海のドライバーとしての成長も描かれている。ただ、それを強調するのではなく、恋愛ストーリーの一部として、ふわっと描かれているあたりが新鮮に映るのだ。
ここまで、そしてこの先のような実力者たちとの男臭いぶつかり合いが続くことになるが、合間で読めるこのような拓海の青春エピソードもやはり楽しいし、興味深い。それは読者の誰もがかつて味わったであろう、ハイティーンの生き生きとしている様子、若者の素晴らしい躍動感が味わえるからに違いない。

拓海は、ランエボに打ち勝った後「もう秋名では走らねーよ」とイツキに宣言している。いわばこの頃は彼にとっても過渡期であり、走り屋としての曲がり角でもあった。

初めて乗ったクルマでバトルをしたこと、そしてアウェイの地である赤城山を走ったことで、ひとりの走り屋として新たな方向性を見つけたのであろう。少なくともずっと野心を持たなかった拓海が、自分の走りに自信を見出し「速く走りたい」と考えるようになる。

なお、この後の恋愛パートでは、なつきが正面から拓海と付き合おうと決心する一方で、衝撃の告げ口電話を受けて、拓海が苦悩する姿が描かれることになる。走りの面での成長とともに、人間としても、苦渋を味わう拓海は凄まじい速度で進化することになるのであった。

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