クルママンガの金字塔『頭文字D』(しげの秀一著)のなかでも「名勝負」といえるバトルを紹介する本連載企画!
高橋涼介が企てた「プロジェクトD」の活動期間は1年限り。そして、その最終章として挑むのが、走りのメッカでもある神奈川遠征だった。最大の難関である神奈川から4つのチームが名をあげたなか、今回は2番目の対戦チーム「RT(レーシングチーム)カタギリ」戦を紹介する。拓海の前に立ちはだかったのは、一度勝利したはずのあの男だった!?

(第36巻 Vol.495「拓海出撃」~第37巻Vol.514「勝利の余韻」より)。


文:安藤修也 マンガ:しげの秀一

過去回は 記事連載: 頭文字D名勝負列伝 から


登場車種

■先行:トヨタ・スプリンタートレノ(AE86型)
→ドライバーは藤原拓海。「プロジェクトD」のダウンヒル(下り)担当。「パープルシャドウ」との激戦で「ゴッドアーム」からさまざまな走りのエッセンスを学ぶ一方、ハチロクも、タイヤサイズアップ、リアハッチの軽量化、コンピュータセッティング変更、足まわりの改良など戦闘力をアップ。さらに美少女ゴルファー美佳との新しい恋愛で、心までもが奮い立っている。

■後追い:トヨタ・MR-S

→ドライバーは小柏カイ。熱心な読者ならご存知だろうが、かつて栃木のいろは坂でMR2に乗って拓海に敗北を喫した男が、プロレーサーとなって帰ってきた。愛車はやはりミッドシップのMR-S。吸排気系のみのファインチューンが施されている。


【バトルまでのあらすじ】



 神奈川エリア第一戦では、「チーム246」に完全勝利。特にダウンヒルでは、終盤にアクシデントはあったものの、レース経験を持つ実力者の大宮智史拓海が見事に打ち破っている。ただ不気味なのは、このバトル中も今後対戦するであろうチームらが、「プロジェクトD」の戦闘力を推し量っていたことであった。

 神奈川第二戦の相手は、公道じゃなくサーキットを主戦場とする「RT(レーシングチーム)カタギリ」。拓海がダウンヒルで対戦するのは、「今度こそ秋名のハチロクに引導を渡すぜ」と豪語する小柏カイである。

 小柏と、ヒルクライムを走る皆川は、どちらも現役のレーシングドライバー。プロの技が見られることでギャラリーの声援が集まっている。

バトル考察

 
スタート順はコイントスで決められた。結果、バトルはハチロクの先行でスタート。後方からハチロクの走りを見た小柏は、すぐに前回よりハチロクの戦闘力が上がっていることを実感する。そして、1本目で拓海の進化を見届けてから、2本目でしとめるという作戦を立てた。

 神奈川でバトルがスタートした頃、群馬の秋名山では、拓海の父である文太を、小柏カイの父親が訪ねていた。ここから膠着状態になる息子たちのカーバトルと同時進行で、父親同士のバトル(口論)も始まる。

 人生論、親子のあり方論、子育て論などで話はヒートアップするが、これは自分の子どももクルマ好きになってもらいたいと思っている父親世代読者の胸に刺さる話でもある(笑)。

 この会話劇は充実の内容ながら、長引かず簡潔で、真剣なバトルシーンの意味を損なわないようにしっかり設計されているあたりは、さすが、しげの先生!


122_InitialD36-677x1024.jpg 243.94 KB
ここで、高橋啓介が拓海の走りに関してコメントしている。曰く、「藤原ゾーン」なるものが存在し、それは拓海+ハチロクだから起きる理解できない現象なのだと。兄の高橋涼介も藤原ゾーンに関してこう表現している。「まるで4WDのように加速する…!!」、そう錯覚させてしまうほどのキレの良さなのである、と。

 そして、小柏もバトル中にそれ(藤原ゾーン)を実感することになる。ハチロクが立ち上がりでMR-Sからスッと離れていくのだ。次第に2車の差は広がっていく。これに屈辱を感じた小柏がついにキレる。

 レースで言うなら、決勝の走りから、最速タイムを叩き出すための予選のような走りへのシフトチェンジ。コーナーではイン側に車体を擦るほど攻め、プロらしく左足ブレーキを活用。小柏の執念のスパートが実り、MR-Sはまたもハチロクの後方に迫った!

108_InitialD36-735x1024.jpg 261.98 KB
そして、短めのストレートが終わるブレーキング勝負、遅れに遅らせたブレーキングで一気にハチロクとの車間をつめる。思わず拓海が「何だそれ!? ありえねぇ…!!」と心の声を上げる!

 ……実際に読んでいた読者諸兄はお気づきだったかもしれないが、バトルがスタートしてからここまで、拓海のセリフが一切描かれていなかった。いかにこの小柏のブレーキングが凄かったか。一度でも峠道を走った経験のある読者なら奮い立つワンシーンであろう。

 なおもエモーショナルなシーンは続く。最終局面に入り、拓海は限界を超えたオーバースピードでコーナーに突っ込むのである。もちろん、それはプロの小柏からすれば自爆行為、スピードのミスジャッジである。

 が、しかし。そのプライドからか、小柏も「おまえがクリアできるなら、オレにだってできねえはずはねぇ!!」とこれに追従する。同じ速度、同じライン。しかし、プロが曲がれないコーナーであっても拓海は曲がれるのだった。これも「藤原ゾーン」なのである。

 刹那、MR-Sはスピン。プロらしく、車体をブツけることもなく360度回転して再スタートをするが、もはやバトルの勝敗は決していた。

 全体を俯瞰して見れば、今回のバトル、スタート時から一度も立ち位置が入れ替わらずに終わっている。それなのに、カリスマがかってきた拓海の特性と派手なバトルシーンの描写とのシナジーで、これだけドラマティックに仕上げられているのだから、まったく恐れ入る。


『頭文字D』『MFゴースト』好評配信中!