1人の青年がクルマと出逢い、その魅力にとりつかれ、バトルを重ねながらドライバーとしても人間的にも成長していく姿を綴った『頭文字D』は、日本のみなならず、アジア各国でも賞賛を浴びた、クルママンガの金字塔である。

「人物列伝」企画は、同作において重要な役割を果たしたさまざまなキャラクターにスポットを当てるというもので、ストーリー解説付き、ネタバレありで紹介してきた。

今回は、「人物列伝」全編終了後の後日談として、筆者自らがセレクトした “神回” を取り上げてみたい。それぞれ、どういった部分が “神” なのかは以下に記したとおりだが、こちらを読んで、あまり興味のなかった登場人物も好きになっていただければ、今よりさらに『頭文字D』が楽しめるに違いない。


→『頭文字D人物列伝』バックナンバーはこちら!

文/安藤修也 マンガ/しげの秀一


■マンガ的キャラクターのマンガ的技術 藤原文太


素晴らしいキャラクターが溢れかえった名作である『頭文字D』のなかでも、特にマンガとしてキャラが“立っている”のが、拓海の父親である藤原文太だ。この連載の第一回で取り上げた理由は、文太の人気が高いということもあったが、なによりマンガとして魅力溢れるキャラクターだったため。

拓海にドライビングテクニックを授けるコーチ的な存在でありながら、ぶっきらぼうな性格やクールなルックスなどを備えた愛されキャラなのである。

また、自身がチートな運転技術を持っていることも魅力的。文中でも紹介している「タバコドリフト」は、かつてのドリフト族にとっては羨望のプレイであった(※絶対に真似しないでください)。

【続きはこちら】拓海を育てた伝説の走り屋!! 『頭文字D』人物列伝01【藤原文太 前編】



■拓海の相棒にして初期のキーキャラ 武内樹


『頭文字D』は、拓海をはじめとした多くの青年(中年もいるが)たちの姿を、シェイクスピアにも通じる群像劇としてまとめ上げた作品という意味でも秀逸だ。

特に拓海がまだ秋名山をベースとしている頃の、仲間たちの会話や行動などには、峠の走り屋たちの日常的な姿が如実に描かれている。そんな「秋名スピードスターズ」の面々において特に強烈な存在感を誇っていたのが、拓海の親友、「イツキ」こと武内樹である。

退屈な学校での日常風景、クルマのために汗かきながらアルバイトをする姿、そして、かなわなかった恋‥‥。そもそも最初に夜の峠へ誘ったことはもちろん、ひとつひとつの行動が拓海に大きな影響を与えてるあたりも、この作品に欠かせないキャラクターであることを物語っている。和美との恋のラストシーンは、男らしいんだか、独りよがりなんだかよくわからない行動だったが、そんな彼の表情が、いつだって見ている読者を楽しませてくれていたことは間違いない。

■目立たない檄シブキャラだが‥‥ 末次トオル


峠の走り屋たちの実情を、あくまでマンガライクに、しかしある意味リアルに表現し、クルマに興味のない人たちが知らなかったことを披露したのも、『頭文字D』成功の要因と言えるだろうか。栃木県在住の若者、末次トオルは、この “実情” の部分を端的に表したキャラクターである。

同じくクルマを愛する者として、彼のクルマ愛は非常に胸打つものがある。しかし、資金難であることや(結婚を考えている)彼女との恋模様など‥‥若者は葛藤し続けながら愛車を所有し、峠バトルを続ける。かつて読者であった多くの中年たちが若い頃に経験したであろう体験、そして哀愁ややるせなさを感じさせてくれる末次トオルのエピソードは、クルマ好きのおっさんなら必読である。

■緊張度&テンションが高いバトル! 北条凛



一回のバトルが長きにわたって描かれたことも、『頭文字D』が世間を驚かせたことのひとつだ。

主人公が剣術や魔法などを使って悪魔や人外のものと戦う冒険マンガや、人対人の試合や戦いが描かれるスポーツ、格闘技マンガなどであれば普通のことだが、同作品はクルマとクルマによる速さ比べである。

そもそも長くすること自体が難しいと思われるのだが、『頭文字D』では、バトルがどれだけ長かろうと一度読み始めたらフィニッシュまでしっかり読み入ってしまうのだから、これもしげの先生が使う “マンガの魔法” の仕業に違いない。

作中では一度しかない北条凛のバトルも、なんと約240ページにわたって描かれている。しかもバトル中、一度も先行車と後追い車とのポジションが入れ変わらないにも関わらず、最後まで決して目が離せないのだ。

北条凛という人物の業の深さ、キャラの濃さもあるが、この高橋涼介との因縁のバトルは、亡くなった恋人との愛、さらに兄弟愛を挿入させることで、「生きるとは何か」「幸せとは何か」といった部分まで見事に描き切っているのだから、本当に恐れ入る。

■“愛”が強すぎたヒロイン 茂木なつき



クルママンガの教科書のような作品となった『頭文字D』だが、恋愛エピソードにおいても非常に充実している。作品前半で拓海を魅了した茂木なつきは、その自由奔放な行動のせいで、読者からの評価も賛否分かれる部分はあるが、彼女もまた当時の世相を取り入れたリアルなキャラクターとなっている。

峠を走る男の理想の彼女といえば、ルックスがチャーミングであることはさておき、(異論はあるだろうが)自分の好きなクルマのことを理解してくれて、助手席にちょこんと座って夜の峠までついて来てくれる女性だろう。なつきはまさにルックスも含めて「ベスト・オブ・峠彼女」なのだが、優れた容姿のため(?)拓海以外の男からも引く手数多で、嵐(トラブル)を呼ぶ女でもある。

結果として、さまざまな苦難にも負けず純愛を貫いたが、若い2人は別れることになる。果たして、彼女の拓海への愛の深さはどれほどのものだったのだろうか……。

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