連載期間18年の間にコミックス全48巻を刊行し、一大ブームを巻き起こしただけでなく、現在も読まれ、そしてさまざまな角度から検証され続けて、ファン層を拡大しつつある怪物マンガ『頭文字D』。
 
同作品に登場したクルマたちの世界観と魅力を読み解いていく本連載。今回は、あっという間に終わる気分爽快なバトルで勝利を収める、インプレッサWRX STIを取り上げる。その圧倒的な速さと強さには目を見張るものがあり、主人公のハチロクを打ち倒す敵キャラでありながら、そのファンすら虜にしてしまうほど魅力溢れる姿を見せてくれる。

文/安藤修也 マンガ/しげの秀一


『頭文字D』が選んだのは初代モデル




スバル インプレッサWRX STiバージョン(1994-2000)/全長4350×全幅1690×全高1405mm、エンジン:2.0L 直列4気筒DOHCターボ(280ps/36.0kgm)、価格:291万9000円(99年式バージョンVI)

 モータースポーツで活躍する競技車両(レーシングカーやラリーカーなど)と市販車は似て非なるものだ。しかし、カテゴリーが下位にいくに従い、その構造は市販車に近いものとなっていく。

 そういった意味では、インプレッサWRX STIは特別なクルマである。WRC(世界ラリー選手権)のグループAという競技規定が生み出した、レースカーと非常に近い位置にある高カロリーなモデルだからだ。

 多くのカーマニアがご存じのとおり、このインプレッサWRX STIは、日本車の歴史において、三菱ランサーエボリューションという同時代のライバルとともに、モデルチェンジという名の「創造と破壊」を繰り返してきた。

 スバルがWRC参戦をやめた後も進化をし続け、いつの時代も、コンパクトセダンでありながらヘビー級の走りを見舞ってくれる、ハイパフォーマンス4WDモデルであった。



伝説のオープニングモデルとなった初代インプレッサWRXだが、同時期のランエボに比べて、中古車の市場流通量は少ない。また、走行距離が10万km以下でコンディションのよさそうな物件は、のきなみ高値を維持している。

 長い歴史を誇るシリーズゆえ、いろいろな作風があるのも当然だ。「22B」「丸目」「鷹目」などと、キーワードを聞いただけでその姿を想像できるファンも多いに違いない。そんななか、『頭文字D』に登場したのは、初代モデルである。

 リアスポイラーの形状から察するに、初代モデルの後期仕様(バージョンIV以降か)だが、次期型のようにマイチェンごとに整形されるようなこともなく、デザイン的にも非常に完成度の高いモデルであった。


インプレッサWRXでお腹いっぱいに




そんなインプレッサWRXが登場するのは、作中でも非常に特殊で、あっという間に終わってしまう、風のようなバトルである。

早朝、ルーティンの配達で秋名山を走るハチロク。すると後方から突如出現するインプレッサWRX。あっという間にハチロクの後方に忍び寄ったかと思うと、「ドフッ」という豪快な効果音とともに姿を現し、気づいた拓海をして「速い‥‥!!」と言わしめる。

フィニッシュまでの間に、抜きつ抜かれつがひたすら続くような展開はない。しかし、短いにもかかわらず、かなりのスピード感がある。

その要因は、最後までインプレッサ側の乗員が判明せず、描かれるのが日頃は無口な拓海の声(心情)のみというセリフの少なさにもある。情報が少なく、要素の詰め込みがないだけに、余計なことを考えずに展開を追える。ただシンプルに、フツーに、勝ち目のない戦いに身を投じてゆくことになる拓実の表情を見ていくことになる。

 もちろん、インプレッサWRXの勇姿は登場した瞬間からしっかりと描かれている。ハチロクの後方に張り付いたように走る間も、懇切丁寧にあらゆる角度から描かれており、インプレッサファンなら眺めているだけで終始ニヤニヤさせられる。

そして、ハチロクを追い抜くシーンでは、拓海の得意技である“ミゾ落とし”を豪快に炸裂させるのだ。ファンならずとも、もうこれだけで充分お腹いっぱいになる。

「拓海、諦めるの早すぎだろ!」などと野暮なことを言ってはいけない。前のバトルでプロのレーサーにも勝った拓海が、「ブレーキングでつめられない」と、こぼしているほどだ。いったいどう攻略すればいいというのか。ドント・シンク・フィールなバトル。たまにはこういうバトルがあって良いなと素直に思える。



速さと強さとイージーさ


圧倒的な速さ。日頃、4WDセダンのスタイリングに嫌悪感を抱く人も、作中で描かれるインプレッサWRXの、まるで男性ホルモンを撒き散らかすように走る姿には、胸を鷲掴みにされてしまう。何度か読み返せば、この完全な強さの虜になっている。

 そして、それはこの車両に誰が乗っているかという疑問につながり。のちに(数ページ先の話だが)それを知り、納得して、つい頬が緩んでしまうのだった。



連載当時はモデルチェンジしたばかりで先代モデルになっていたとはいえ、4WDにハイパワーターボを組み合わせたラリー車ベースのモデルである。いくら天才ドライバーの拓海が運転していようと、相手が主人公だろうと、そういった次元で優劣が変わるものではない。

実際、当時の市販車においても、インプレッサとランエボの走行性能は、他のスポーツモデルより頭ひとつ抜けていた。

さらに、バトル中に1コマだけ描かれるインプレッサWRXのドライバーの口元は微笑んでいる。つまり余裕があったということで、ここから、イージーに速く走れるのがインプレッサWRXの良さでもあるよなと再認識させられる。

ハイパフォーマンスに加えて、懐の広さまで持つこのようなクルマを、スバルは毎年のようにクオリティとボリュームを拡大し続けていたのだから、まったく感服である。

※この記事はベストカーWebの記事を再編集したものです。


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