連載期間18年の間にコミックス全48巻を刊行し、一大ブームを巻き起こしただけでなく、現在も読まれ、そしてさまざまな角度から検証され続けて、ファン層を拡大しつつある怪物マンガ『頭文字D』。
同作品に登場したクルマたちの世界観と魅力を読み解いていく本連載。今回は、20年前のモデルにもかかわらず、今も日本のみならず世界中の三菱ファンにとって特別な一台となっている「ランサーエボリューションVI トミ・マキネンエディション」を取り上げる。
文/安藤修也 マンガ/しげの秀一
■第1回 佐藤真子の愛車「日産 シルエイティ」編
■第2回 中里毅の愛車「日産 R32型スカイラインGT-R」編
■第3回 須藤京一の愛車「三菱 ランサーエボリューションIII」編
■第4回 小柏カイの愛車「トヨタ MR2(SW20)」編
■第5回 二宮大輝の愛車「ホンダ シビックタイプR編」
■第6回 高橋啓介の愛車「マツダ RX-7(FD3S型)編」
■第7回 秋山延彦の愛車「トヨタ アルテッツァ編」
■第8回 “謎の男”が駆る「スバル インプレッサWRX STI編」
■ドライバー名を冠しつつも中身は現実的
三菱 ランサーエボリューションVI トミ・マキネンエディション(2000)/全長4350×全幅1770×全高1405mm、エンジン:2.0L 直列4気筒ICターボ(280ps/38.0kgm)、価格:329万8000円(GSR スペシャルカラーリングパッケージ)
前方に突き出たバンパーに、迫力のオーバーフェンダー、まるで重厚な鎧をまとったかのようなスタイリング。真一文字に並んだヘッドライトとグリルからは、骨太な走りを包み隠すクールな表情がうかがいしれる。
ランサーエボリューションVとVIは、言うなればランエボ第二世代モデルの中堅と大将であるが、エボリューションVからエボリューションVIへの進化の過程で、デザインはそれほど大きく変化していない。
そして、エボVI登場の翌年、2000年にランエボのニューモデルがデビューする。三菱はこの第二世代の最後に、単なるシリーズの続きではない新たなエボリューションモデルを作り出した。それが「トミ・マキネンエディション」である。歴代モデルとも限定発売されると即完売だったが、同モデルは限定台数わずか2500台と、さらにレアバリューが高められていた。
トミ・マキネンといえば、今でこそトヨタのWRC(世界ラリー選手権)チームで代表を務めているが、現役時代は三菱のドライバーとして最強時代を築いたレジェンドである。
このトミ・マキネンエディションは、彼のWRC 4年連続ドライバーズチャンピオン獲得を記念して市販されたモデルで、スタイリングはWRカーを模したもの。専用デザインのバンパーやホイール、バケットシートなどを搭載し、VIより車高を下げた足まわりは、ターマック(舗装路)仕様とされた。
スタイリングのキモといえば、左右で形状が異なるアシンメトリーなバンパーに尽きるだろう。この劇的な変化が逆に新鮮で、同車の魅力をさらに高めている。
世界的有名ドライバーの名が冠されたモデルとなれば、そのテンションの高さだけがひとり歩きして、あとの時代で奇車・珍車扱いされそうなものだが、そんなことはなかった。そのカスタマイズにはしっかりと筋が通っていて、現代においても、ファンの間で歴代ランエボの一つとして認知されている、地に足のついたモデルなのだ。
■リアスポイラーを外すのもアリ
III、IV、Vときて、今回はVIである。実はここまで『頭文字D』にはランエボが多数出演している。
須藤京一のような真っ当なライバルから、粘着質な性格の岩城清次、今回対戦するチームの2人(1人はエボVで高橋啓介とバトル)のような雑魚キャラ(←失礼)まで、各人の実力、立ち位置、性格はさまざまである。そして今回、VIトミ・マキネンエディションを操るキャラクターは、名前さえ出てこないものの、テクニックはそれなりという設定だ。
ランエボファンからすれば、主人公に乗って欲しいと思うかもしれないが、残念ながらそのタスクはインプレッサに取られてしまった(笑)。まぁ、アルテッツァのようにあっさり負けてしまうわけではないので、せめてしげの先生の素晴らしい描写力を楽しんでほしい。マンガで見るクルマのスタイリングは、時には写真よりソウルフルでもある。
それにしてもこの某が操るマシン、なんとリアスポイラーが付いていない。リアの巨大なスポイラーといえば、ランエボにとって聖域ともいえるエアロパーツだが、登場人物たちの反応はいたってノーマルの通常運転。これが峠の人たちのリアルであり、誰もがオリジナリティを求めたチューニングやカスタマイズの楽しみ方のひとつなのだろう。
バトルでは、エボVIに搭載されたハイテク電子デバイスを駆使する某に対し、拓海のハチロクは「多角形ブレーキング」、「ブレーキングドリフト」と次々にウルトラテクニックを披露。
父・文太のインプレッサWRX STIに完敗して以来、4WDへの潜在的なトラウマを持っていたであろう拓海だったが、自ら画を描いた、まるで詰め将棋のようなプランで、エボVIを打ち取った。
■オリジナルの世界観を膨らませたモデル
ちょっと気を抜けば吹っ飛んでしまいそうな強大なトルクとパワーを発揮しつつも、一方でタイヤは確実に地面を掴み、削り、掻きむしるように車体を前へ押し出していく。従来のスポーツセダンのように“地を這う”イメージではなく、まるで空を飛んでいるかのような走りを楽しめる。夢のようだが、決して現実離れしているわけではない。
さまざまな電子デバイスが、説得力を持ってステアリングを握る人の心を掴んで離さない。
操るのがヴィランであろうと、エボVIが名車であることに間違いはなく、作中でもしっかりハチロクを苦しませたし、バトル自体はロジカルな緊張感に満ちていた。バトル前後に、ワル仲間を呼んだり、拓海を脅したりと、某ドライバーがとった行動は残念だったが、後になって高橋啓介の存在が、えも言われぬカタルシスを読者に与えてくれることになる。
ドライバーズタイトル獲得4回、マニュファクチャラーズタイトル獲得1回、通算23勝と、WRCで栄光の歴史を築いてきたランサーエボリューション、そして三菱にとって、この「トミ・マキネンエディション」は特別なモデルである。あの時代だったからこそ、変なバイアスがかかることもなく、純粋に“ランサーエボリューション”というモデルの世界観を膨らませることができたともいえよう。
※この記事はベストカーWebの記事を再編集したものです。