BoichiオリジナルSF短編集①「時空の旅人」』、『BoichiオリジナルSF短編集②「名も無き戦士」』の発売を記念して、ヤンマガWebでは漫画家Boichiさんへの独占インタビューを敢行‼︎

週刊ヤングマガジン』で連載した『ORIGIN』は、細部まで描き込まれたSF設定とハードボイルドな世界観で読者に衝撃を与え、第22回文化庁メディア芸術祭マンガ部門で大賞を受賞
また、現在は『週刊少年ジャンプ』(集英社)で『Dr.STONE』(原作:稲垣理一郎、作画:Boichi)を手がけ、本作は累計発行部数は1000万部を超える大ヒット作品となっている。

漫画界の第一線を走り続けるBoichiさんに、これまでの漫画家人生や今後の展望についてなど、謎に包まれる素顔に迫るインタビューを敢行した。


[特別書面インタビュー]レジェンド漫画家・Boichiを知るための「11の質問」


1.漫画に生かすために大学で物理学を専攻したり、演出技術を学ぶため映画専攻の大学院へ進学したりしたと伺いました。漫画家になると決めたのは何歳くらいの時でしょうか? また、漫画家を目指したきっかけを教えてください。 

Boichi
漫画家になろうと決めたのがいつ頃か、正確には覚えていないのですが、大体10歳くらいの頃だったと思います。絵は2歳から描いていて、幼い頃からよく周囲の人に「画家か漫画家になったら?」と言われていたそうです。でも幼い私は、「大統領になりたい」と当然のように答えていたようです。確かに私も、そんなことを言っていた覚えがあります。

そのうち10歳くらいのある時、大統領はたった一人しかなれないということに気が付きました。あの時の韓国は独裁政権の時代で、大統領は本当にたった一人だけがなれるものだったのです。一人だけが、一生‥‥。私は「なれる可能性は低いな」と思いました。そして、いつも「なったら?」と言われている漫画家なら、世の中にたくさんいますから、自分もなれそうな気がしました。そして「よし、漫画家になろう」と、そちらの方向へ舵を切ったのです。

「じゃあ、どうすれば漫画家になれるんだろう」と考えた結果、当時の私は、こんな結論を出しました。「漫画は面白いものだから、面白い人が漫画家になれるのに違いない。面白い人になろう」。

面白い人にはなれませんでしたが、なんとか漫画家にはなれました。

2.『The Space Between』の原案は高校時代に校誌に発表したSF短編小説とのことですが、小説家というキャリアも選択肢にはあったのでしょうか? 

Boichi
高校3年の時、卒業を前にして学校の校誌に参加することになりました。校誌の担当の先生は、私に学校をテーマにしたcartoon(2ページ)と、数ページ分の読み切り小説を依頼して下さいました。そこで cartoonを描き、SFの読み切り小説を書きました。

その読み切り小説は、MMU(注1)を着用して宇宙遊泳をしていたSTS(注2)乗務員が、デブリか隕石かわからないものによってSTSを破壊され、酸素が切れて死ぬまでの間、地球を回るという内容でした。

最初は状況に絶望しますが、時間が経つにつれ、今回の事件と自分の死が宇宙開発に邪魔になることを心配するようになります。そして、死ぬ時になって、STSの破片が大気圏に落ちるさまを見ることになり、人間は宇宙に出ることをやめないだろうという考えに到達します。そして主人公は希望とともに死んでいく、そんなストーリーでした。この読み切りは1991年に校誌に発表されました。

そして1997年、少女漫画雑誌でこの内容とテーマを拡大し、「真空の状態でも人間は破裂せず、しばらく生きている」という科学的な事実も加えて、『真空の影』という作品を発表しました。この作品を日本の読者の皆様のために修整したものが『The Space Between』です。

実は高校時代、ノートに読み切り小説とかシノプシスを書いたり、あるテーマでコラムのような文章を書いたりしていました。その頃は文章を書くのが趣味だったのです。このノートを学校の先生たちがご覧になり、私が小説などを書いていることがわかって、校誌から依頼が来たのだと思います。

それでも結論を申し上げますと、小説家になることは自分の選択肢にありませんでした。私は10歳くらいのある時に漫画家になろうと決めてからは、一つの選択肢を除いて、ひたすら漫画家になりたいとばかり考えて生きてきました。小説はあくまでも高校時代の趣味にすぎなかったのです。唯一、しばらく悩んだ他の選択肢は、物理学者になりたいというものでした。

ただ、趣味で文章を書いていた影響でしょうか、1998年~2001年間には、韓国の有名映画雑誌で漫画評論家として活動しました。評論集も1冊出版したんですよ。
注1:MMU=有人機動ユニット(Manned Maneuvering Unit)。宇宙飛行士が命綱なしで船外活動を行うために開発された移動装置。船外活動ユニットの生命維持装置と合体しており、宇宙飛行士はそれを背負う形で装着する。窒素ガスを噴射する小さなスラスターを用いて、命綱に束縛されることなく、比較的自由にスペースシャトルの周りを飛ぶことができる。
 
注2:STS=宇宙輸送システム(Space Transportation System)。再利用可能な宇宙船のことで、スペースシャトルもこれに含まれる。


3.デビューの場として、少女漫画誌を選ばれたのは何故ですか? 
 
Boichi
私が高校3年の時、それが最初で最後だと思いますが、私の姉が一回だけ漫画雑誌を買ってきたことがありました。その雑誌が、当時韓国で唯一の少女漫画誌でした。

その雑誌に『ラビヘムポリス』(注3)というSF漫画の最終回が載っていて、私はそれを読んでとても感動しました。なぜなら、それまで自分が読んできた男性による漫画では読んだことがない、SFの叙情性と心を揺るがすほどの人間探究が、強烈に込められた作品だったからです。

それで自分も、その漫画を描いた先生がいらっしゃる雑誌に挑戦したくなって、先生は少女漫画家だったので少女漫画誌に挑戦することになりました。その結果、私は少女漫画誌でデビューして、それから10年間、基本的に少女漫画家として生きていくことになりました。実際にはもっと複雑な過程があるのですが、一番大きい理由はこれでした。

私は少女漫画家として活動した時代が本当に好きでした。1990年代韓国の少女漫画界は、韓国で最もスマートで強烈に輝く女性たちが活躍する場所だったと確信しています。私が尊敬する人たちはみんな女性でした。今にして思えば、『サンケンロック』や『ORIGIN』で一番強烈なキャラクターが女性である理由は、そこにあるのかもしれません。

その女性たちは私に、沢山のことを教えてくれました。人間の心に焦点を当てる姿勢や、作家の人生と作品を繋ごうとする努力といったことです。今も大切に心に秘めています。
注3:『ラビヘムポリス』は、韓国の女性漫画家カン・キョンオク氏が描いたSF漫画作品。ラビヘムという架空の都市で起こる犯罪を、男女ペアの警察官が解決していく物語。 
 
 
4.Boichiさんが考えるSFの魅力と、影響を受けたSF作品をいくつか教えてください。 
 
Boichi
SFとは、未来を予言することで現在を変えようというチャレンジを、唯一成功裏に展開しているジャンルだと思います。ですので真のSF作家は、未来に対する思索で現在を変えたいという心を持っていなければならないと信じています。

そしてSFは、科学とは人間の魂が宿る領域であり、人間にとっての宝物であると考え、その科学を発展させ、手助けし、守っていくために、あるいは堕落させずに宝物として存続させるために努力しているジャンルだと思います。

ですのでSF作家は、歌が人間の心を守ってくれるように、作品で科学の価値を守ろうとすべきだと思います。

この世の学問は、面白いことに満ちています。歴史学もそうですし、人類学もそうでしょう。その、学問の面白い部分を作品に創り上げるため、作家たちは本を手にするのではないかと思います。

そして科学にも面白いことがたっぷりとあります。科学は学問だからです。科学者たちが見つけた面白いことを作品に込めて人々を楽しませるのが、SFというジャンルだと思います。

最も大切なSFの魅力は、心の響きだと思います。宇宙と自然の真理、探究された人間の真実は本当に美しく、魂に響く巨大な太鼓の音のようです。SFはこれを、芸術的技法で人々に伝えてくれます。

最後にもう一つ。SF作家たちは、想像力という専門技術を発揮して、少しだけ未来を予測します。人間の未来であるとか発見の未来といったことです。この部分はSFがくれる面白さの脇役にすぎませんが、間違いなく意味のある独特な部分ではないかと思います。

一番好きなSF作品は、サー=アーサー・C・クラークの作品です。私が読むことができた全ての作品が好きです。

5.さまざまな雑誌で作品を発表されていますが、ヤングマガジンで作品を発表されるにあたって、テーマやメッセージなどで考えたことはありますか? 

Boichi
私は2ヵ国で沢山の雑誌とメディアで仕事をしてきました。その結果確信したのですが、全ての雑誌とメディアがいいところでした。

特に日本漫画界の雑誌は、漫画を本気で愛する編集者の方々と、漫画に本気で接して下さる読者の皆様がおられて、漫画と漫画家が守られているという印象が強くあります。「あの人たちが、私と私の作品を守ってくれている」という感覚は、日本の漫画雑誌だけで感じられる不思議な感覚です。

そして「ヤングマガジン」は、そのような感覚が本当に強く感じられる雑誌です。私は、私の知る「ヤングマガジン」の編集者の方々が、漫画の守護戦士だということを知っています。その上「これは世の中に必要な作品だ」と考えた時は、その価値を販売量よりも優先的に考え、作品を守ってくれることを私は体験しました。そしてそこには、読者の皆様の強力なバックアップがあることが明らかです。

そのため「ヤングマガジン」では、ひたすら自分の心の中を探究して、一番伝えたいことを作品に込めることができました。ですので「ヤングマガジン」に発表する作品のために、私が考えたテーマとメッセージは、一番純粋に自分のものだったと申し上げます。『彼はそこにいた』という作品を見ても、私が純粋に読者の皆様に伝えたい、私の心そのものです。


6.激しいアクションシーンがBoichiさんの魅力の⼀つですが、アクションシーンを描く時に心がけていることは何ですか? 

Boichi
実は、2006年にスタートした『サンケンロック』が、私の初めてのアクション漫画でした。それ以前は、アクションを表現したことがある、というだけでした。自分にはアクションのセンスがないことがよくわかっていましたし、尊敬する士郎正宗先生のものすごいセンスに比べると、単純なアクションの演出すらも無理でした。

それで『サンケンロック』の連載当時、アクション演出においては「人間のカッコよさ」を追求しようと思いました。アクションの素晴らしさより人間のカッコよさ、それによる感情やテーマの伝達、みたいなことを全面に出そうと頑張りました。

最近アクションで大事に思っていることは、学ぼうとすることです。現在も私は、アクションがお上手な先生たちの作品から学ぼうと頑張っています。


7.たくましい男性の身体、柔らかな女性の身体、どちらも素晴らしい表現で描かれていますが、人体を上手く描く方法や、勉強法について教えて下さい。 

Boichi
お褒めいただいて本当に恐縮なのですが、本当に私は、男女問わず人体についての描写力が足りなかったと思っていますし、今もそうです。ですので、上手く描くための描き方は私にもよくわかりません。

勉強法としては、個人的には漫画的な表現方法を意識して避けつつ、できるだけ美術解剖学を基礎にするよう努力しました。記号化された漫画的表現法は、本当に素敵な漫画の発明ですが、私はそれをできるだけ使わないようにしてきたのです。

そして一番大切なことは、人体を愛することだと思います。私はいつも冗談で「男の体は描きたくない」と言っていますが、実際にはそんなことはありません。男女問わず、人体というものはあまりにも美しいものであり、愛の対象だと思います。

愛の心で描くことです。人体を描くということは、人間の体に対する讃歌のようなものだと思います。賛美することです。肩甲骨の動きと機能に対する讃歌を歌うように描きましょう。


8.「一本道を歩く人」が生涯のテーマだとのことですが、そう考えるようになった理由や、きっかけは何ですか? 

Boichi
今回、短編集①に収録されている『夜の伝説』は、私が初めて「一本道を歩く人」を取り扱った作品だと思います。この作品を描いた1996年には、初めて「寂しさ」というものも感じられるようになり、それが作品に込められています。

その後漫画家として生きていきながら、一人になったという気分と、一人で守ることになったという気分を感じることが多くなりました。また一人になってしまったなあ。またこれを一人で守らないといけなくなったなあ。また生き残るために一人で努力しなければならなくなったなあ‥‥等々。

その度に私は、韓国の80年代の少女漫画に出てきたセリフを思い出しました。「一本道を歩く人は未来を知らない。だから人生は意味を持つ」というセリフです。私もまた、自分の人生には意味があると思いたいのです。

オリジンのように、一人で秘めたものを守りながら生きてきたつもりですし、未来にはハル・シンのように、人間的な仕事を守るために戦わなければならないと思っています。覚悟をしていますし、備えもしています。

ですので、自然に「一本道を歩く人」と「寂しさ」が一つになって、自分の生涯のテーマになったのではないかと思います。

9.BoichiさんのYouTubeチャンネルについて。作品の制作過程が見られることでファンはより深いファンになり、読んでいない方は作品を認知・購入するきっかけになり、すごく素敵な取り組みだと感じています。また漫画家を目指す方にとっては、教則本のようなコンテンツでもあると思います。YouTubeを始められたのは、どういったきっかけや目的があったのでしょうか? 

Boichi
これまで漫画界を生きてきて、私だけに見えて、私だけが感じたこともあると思います。その中の一つに、漫画界が存在していない国では、または漫画界が消え去った国では、漫画家になる夢を秘めていても叶うことは難しい、ということがあります。

世界中の漫画を愛する多くの人々にとって、自分の言語で持ち込みできるメディアがあるということは、それだけでも本当に豊かで夢のようなことです。たぶん私は、この漫画界でそのことを骨の髄まで思い知らされた、ほぼ唯一の漫画家ではないかと思います。

ですので、私が同じ境遇の人々を愛して、助けてあげないといけないと思っています。そして彼らが、漫画家としてちゃんと生きていける世の中になれば、この地球上で漫画の世界がすごく成長したことを意味します。即ち彼らこそが、私たちが愛する漫画界の未来なのです。彼らを助けて、漫画界がもっと巨大な世界になったなら、私は自分を大事に育ててくれた漫画界に恩返しができたことになるでしょう。

ということで、とりあえずできることとしてYouTubeをやることになりました。以上のような理由で英語のみで運営しています。

ただ、日本の読者様のための日本語チャンネルも必要だと思っています。身に余る愛情をいただいておりますので、皆様がゆっくり楽しんでいただける方法を、自分で探さなければならないと思っています。ですので今は、その方法を探しているところです。


10.第一線で活躍し続けるために取り組んでいる、日々の習慣などがあれば教えてください。 
 
Boichi
徹夜をせず、規則正しく仕事しようと頑張っています。毎日毎日一定の時間を寝て、一定の時間だけ仕事をして、ページ当たり同じ時間を使い、ところところで休憩を取って、なるべく関節やお尻に問題が起きないように気をつけて‥‥。

その代わり、仕事をしない日はほとんどありません。休みがなくても漫画をずっと描き続けるのが楽しいので、締め切りが終わったからといって何日も休む必要はありませんし、連載が完結しても休む必要はないのです。

まあ実際には、ちゃんと実現できている訳ではありません。現実の世界には絶えず問題が起きるからです。でも、できるだけ毎日毎日一定量の仕事をする、ということを守ろうと努力しています。

それに私は絵の実力がないので、意識が朦朧としてくると絵が崩れるようになります。だから眠くない状態で絵を描いて読者様に伝えようと頑張っています。

11.挑戦したいテーマや、タッグを組んでみたい原作者など、今後の展望を教えてください。 

Boichi
まずは、現在連載中の『Dr.STONE』をこれからも長く、ちゃんと続けたいと思っています。

現在のところ、私が自分でストーリーを考える計画はありませんが、ストーリーの構想と勉強も続けてやっています。原作者の先生のストーリーをちゃんと表現するのにも役立つと思いますし、ただ勉強しておくのが好きだからそうしている面もありますし。それに「一本道を歩く人」は未来を知らないから、未来には自分がどうなっているかわからないでしょう?

実は『ORIGIN』第2部のストーリーも構想していますし、他の作品のストーリーも構想しています。『ORIGIN』第2部は、かつて構想した4部作の一部分ではなく、全く別の話を構想して、既に担当編集者のOKもいただきました。オリジンって、あまりにも良い人すぎじゃありませんでしたか? 折角の強力なロボットなのに。イヤな人間はすっぱりと叩きのめしたほうが‥‥ねえ‥‥。

ただ、にも関わらず、とりあえず自分のストーリーを描く計画は未だにありません。素晴らしい原作者の先生に出会って、王道アクションを一度やってみたいという意欲はあります。科学発展に貢献する作業にも意欲を持っています。

そして、エッセイ漫画の執筆は長い間熱望していて、今もそうです。『ワカコ酒』のような作品をすごくやってみたいですし、生活エッセイ漫画もやってみたいですね。


Boichi 〈ぼういち〉
 SF、アクション、グルメなど幅広い分野のストーリーを緻密な絵で描く希代の絵師。フランス、イタリア、ドイツなど海外にも多くのファンを持つ。代表作に『サンケンロック』(秋田書店)、『ORIGIN』『Boichi作品集 HOTEL』『ラキア』(講談社)、『Dr.STONE』『wallman』『テラフォーマーズ外伝 アシモフ』(集英社)など。


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