13世紀アジアが舞台の歴史スペクタクル『ゾミア』。作中では描き切れなかった当時の社会情勢や歴史の秘話を、「辺境余話」として紹介する不定期コラム。
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金国を追われたネルグイ、ホラズム王国の王子・マイスール、そして西夏の市民兵団団長・李泰然。この3者が今回、中央アジアを通じて地中海と中国を結ぶ約6400キロにも及ぶ交易路“シルクロード”の上で出会った。この交易路の歴史は遙か古代ギリシャ・ローマ時代にまで遡り、現代でも「歴史の父」と讃えられる偉大な歴史家ヘロドトスの名著『歴史』(紀元前440年頃)にも記述が残る。(当時の日本は弥生時代。狩猟生活の縄文時代から稲作へと生活基盤が移り変わる頃)『ゾミア』作中の1215年当時、“シルクロード”の地中海側の拠点であり、長きにわたり中央アジアにおける商業、政治、文化の発展に大きな役割を果たしたのが、マイスールの母国・ホラズム王国である。

ホラズム王国は1077年に建国され、セルジューク朝を滅ぼしその後継国家となる。そして作中にある通り、マイスールの父王・アラーウッディーンの時代に最盛期を迎え、1215年にはゴール朝からアフガニスタンを奪取。イランにも進出して中央アジアから西アジアまでを版図とする大帝国へと成長を遂げる。
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一方同じ頃、シルクロードの東で栄えていたのが、ネルグイがバートルと暮らしていた金国だった。金は1115年、中国東北部に女真族が打ち立てた王朝で、遼を破り、続いて北宋を滅ぼし、中国大陸の北半分を支配した。金は大いに繁栄したが、北方モンゴル高原で興ったモンゴル帝国の攻撃を受け、1215年夏、中都が陥落。この時の戦いこそ、『ゾミア』第1話で描かれたものであった。
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そしてホラズム王国と金国の間にある国が、李泰然団長や奴隷商人たちの母国であり、彼の目的地・西夏である。(西夏の正式名は夏〈大夏〉だが、中国最古の王朝・夏と区別するため、西夏とするのが通例)西夏の建国は1038年。タングート族が宋から独立して建国した。独自の文字・西夏文字を制定するなど文化面でも特筆すべきものを有していた西夏は、金と共に北宋を滅ぼし繁栄の秋を迎えるが、地震・飢饉が頻発すると、これに伴い政治腐敗が深刻化。これに追い打ちを掛けたのが、モンゴル帝国による襲来だった。1205年から始まった侵略は1209年までに3度を数え、国力は限界を迎えていた。そして1216年、モンゴルからの出兵要請を断った事で不興を買い、4度目の侵攻を受ける事に。この戦いが、今まさにネルグイたちが入城を試みる、興慶包囲戦となるのである。
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『ゾミア』第2話を読む