1人の青年がクルマと出逢い、その魅力にとりつかれ、バトルを重ねながら、ドライバーとしても人間的にも成長していく姿を綴った『頭文字D』は、日本中のみなならず、アジア各国でも賞賛を浴びた、クルママンガの金字塔である。
当企画では、同作において重要な役割を果たし、主人公・藤原拓海にさまざまな影響を与えたキャラクターにスポットを当てるというもので、ストーリー解説付き、ネタバレありで紹介していく。
今回は、主人公・藤原拓海のライバルとしてシルエイティを操りながら、先輩・池谷とラブストーリーを繰り広げる美女、佐藤真子について解説していこう。
文/安藤修也 マンガ/しげの秀一
佐藤真子はどんな人物?
佐藤真子は、物語序盤に登場する女性で、作中でもかなり高い人気を誇るキャラクターだ。碓氷峠をホームとする走り屋で、年齢は20歳。群馬でもトップクラスのドライビングテクニックの持ち主で、クルマのメカニズムにはあまり詳しくないが、親友の沙雪がナビ(コ・ドライバー)として助手席に座ることで、真の実力を発揮する。
ルックスは、長い髪と大きな瞳が特徴で、長身スレンダーのいわゆる「キレイなおねえさん」タイプ。大人っぽくてエロいタイプの沙雪とともに、峠で注目を集めないはずはないと思うが、その美貌よりドライビングテクニックで名をよく知られているようだ。
この「美女なのに三度のメシよりクルマ好き」というキャラクターが、前回紹介した茂木なつきのようなオーディナリーな女子とは異なる設定で、当時のクルマ好き読者たちを魅了した。
作中では、その身のこなし、視線、そして脚線美などが強調されており、ストーリーに華やかな空気感を添えてくれる。特に、横川の釜飯屋における池谷との出会いのシーンなどはその典型であり、ここまでおっとりした性格かと思われていた彼女が、自分から池谷に電話番号のメモを渡す積極性には驚かされると同時に、(読者と)池谷の、真子への恋心が芽生える瞬間でもある。
拓海とのバトルと池谷との恋に挑む
この後、21年間彼女のいなかった池谷と、同じく20歳まで彼氏のいなかった真子との純なラブストーリーが始まる。
東京でもなく、世界の中心で愛を叫んだりもしない、スレてない2人のやりとりは、筆者のような濁った中年の目から見ると、なんとももどかしい。しかし、拓海となつきのかぐわしくも濃厚なメロドラマと違い、こちらはプラトニックだが、なんとも心温まる物語なのだ。
走りはじめてわずか2年で碓氷峠の頂点に立った今、これからは走り屋を引退して、恋愛をしたいという願いを抱いている真子。そして、真子がシルエイティのドライバーと知り、尻込みしてしまう池谷。恋が壁につき当たるのと同時進行で、初のアウェイ戦となる拓海と、地元最強の真子とのバトルがスタートする。
バトルの詳細は「名車列伝01・シルエイティ編」に譲るが、最終的に、真子は自らの限界を超えてスピン、敗北を喫する。主人公である拓海のライバルとしてはライト級であったが、バトルに付随する彼女と沙雪のエモーショナルな会話とビジュアルのせいで、男ならつい夢中になって読みいってしまう、鮮烈な印象と多幸感の満ち溢れたバトルであった。
読者の気持ちを投影させる魅力
今でこそ美少女が戦うマンガやアニメは多くなったが、連載当時、ことクルママンガにおいて、主人公と対等にバトルする女性ドライバーを登場させたことに、まず驚かされた。真子は、ステアリングを握っている時は、強い意志を持ち、クルマを能動的に楽しむ強いヒロインなのである。
一方で、池谷との恋愛パートでは、無垢で健気で、走り屋系男子の幻想を投影できるキャラクターだ。この男子の妄想に説得力を持たせているのは、女性としての佐藤真子の美しいデザインであり、それを動かすストーリーだ。隣に座る沙雪も造形として整っているし色気を放っているのだが、美しいコメディエンヌとして活躍し、真子の魅力を引き立てている。
バトル後、真子と沙雪は、池谷や拓海たちを連れだってプールを訪れる。2人の女神は、ここで水着姿を見せて秋名の童貞たちを惑わす。そして、マンガのヒロインとしては異例な展開だが、真子は池谷に向かって「バージンもらってください」と発言(!)。
決して現代的とはいえないし、ちょっとイタいクルマオタクにもなりきれていなかった彼女だが、ここではひとりの等身大の女性として、その愛を表現している。
甘い香りに満ちた少女マンガ的な結末でなく、勘違いやタイミング的なすれ違いもあり、結ばれることはない真子と池谷。特にラストはオニのように残酷な展開だが、マンガとはいえ、人生そう簡単にうまくいくわきゃないということだ。この時、読んでいるこちらは、池谷の未熟な行動に憤りを覚えるわけだが、では自分だったらどうするべきだったか、その判断を迫られる。
つまり、この佐藤真子という女性は、作中で大いにセクシャリティを表現しながら、男の欲望を肯定し、読者にも池谷と同じ思いを経験させる稀有なキャラクターなのだ。
※この記事はベストカーWebの記事を再編集したものです。