1人の青年がクルマと出逢い、その魅力にとりつかれ、バトルを重ねながらドライバーとしても人間的にも成長していく姿を綴った『頭文字D』は、日本のみなならず、アジア各国でも賞賛を浴びた、クルママンガの金字塔である。

当企画は、同作において重要な役割を果たし、主人公・藤原拓海にさまざまな影響を与えたキャラクターにスポットを当てるというもので、ストーリー解説付き、ネタバレありで紹介していく。

今回取り上げるのは、プロジェクトDラストバトルとなったサイドワインダー戦で、相手の参謀役として活躍した久保英次。作中一、二を争う頭脳戦が繰り広げられる!?

文/安藤修也 マンガ/しげの秀一


■久保英次はどんな人物?

中年の星である。

本稿では第一回の「藤原文太」編以来となるが、実は『頭文字D』には魅力的なオヤジキャラクターがキラ星のごとく登場している。文太然り、パープルシャドウの城島俊也然り、同じく星野好造然りである。が、この久保英次がこれらのキャラと異なるのは、作中で、いっさいクルマを運転しないことだ。

では、いったいどういった形で登場したのか。それは、プロジェクトDにとって最終バトルとなった神奈川エリア第4戦の相手、サイドワインダーの「雇われ参謀」役としてである。

プロジェクトDの高橋涼介と同様、チームをサポートする司令塔として久保英次が置かれたことで、サイドワインダーのラスボス感が高められるのと同時に、他のチームとは違ったスケールで描かれていることがわかる。

スタイルがまたなんとも味わい深い。見事な中年太りなのである。服装は主にポロシャツをズボンにイン。頭は7:3、いや9:1くらいで分けられており、これがツーブロックであれば、今なら最先端だ。ルックスのいいキャラクターばかりが目立つ『頭文字D』だが、この久保はたとえメタボオヤジであっても、城島や星野などはひと味違ったカリスマ性が感じられる。

その魅力の一端は彼の頭脳にある。得意なことはデータ収集で、車両ごとの特性を見抜き、対策を考える。これまで登場したオヤジキャラたちと比べて、あきらかに異能だ。現在はショップの社長を務めているが、関西弁なので基盤は関西方面なのかもしれない。レース業界にも足を突っ込んでいたようで、「長いことこの業界にいる」と話す。

なお、サイドワインダーの北条豪からは、「ドライバーをコンピューター制御のサイボーグに作り替えることこそ‥‥あんたのかつての仕事だったんだろ」と言われている。


■雇われ参謀が峠に持ち込んだレースの理論

初登場シーンは、プロジェクトDによる神奈川エリア第1戦の前、チーム246の練習走行を視察しに来た時である。

この時すでにサイドワインダーのエース、北条豪と行動をともにしており、他の神奈川勢に対して、データの収集班を編成し、相手の戦力を裸にする旨を伝え、そして「敵を知り、おのれを知れば、百戦危うからず‥‥今どきのレースは情報とデータがすベてですわ‥‥」と発言している。なお、不敵な笑みはこの時から変わらない。

神奈川エリア第2戦、第3戦の合間にも、北条豪との会話シーンで登場し、クルマと峠をよく知る者として、神奈川エリア各バトルの予想や戦評を重ねている。狂言回しとしても、解説者としても、読者にとってはありがたい存在だが、北条豪とはまるで恋人のようにいつも一緒にいるのが気にかかる(笑)。

そしていよいよ、サイドワインダー対プロジェクトDのバトルが始まる。

ここまで拓海のハチロクに関しては、「あまりにも未知数ですねん」「ずいぶんうさんくさいクルマに仕上がってるみたいやなァ‥‥」「独特の世界観をもっとる奴ですわ‥‥」などと発言し、そこに対してダウンヒルでは独自の感性で走る乾信司を起用。久保が真価を発揮するのは、事実上、ヒルクライムの北条豪と高橋啓介とのバトルであった。

ここまで久保は「モータースポーツっちゅうのはみもふたもなく物理ですワ‥‥」と言い放ち、レースの理論とデータとを積み重ねてきた。高橋啓介のRX-7の特性やポテンシャルを完全に見抜き、北条豪のNSXに対策を打ち立てて徹底的にセッティングを施したのだ。その結果、バトル前に、「フルコースで15秒のアドバンテージを作りました」と北条豪に豪語するほどの自信を打ち立てていた。


■バトル前後の発言の味わい深さ


しかし最終的には、高橋啓介の実力を掴みきれておらず、そのデータを超えた走りに圧倒されることになった。

1本目で先行したNSXはRX-7をブッちぎれない。さらに2本目では、限界を超えてまでRX-7を追ったNSXがスピンを喫することになる。久保の組み立てた作戦は、残念ながら機能しなかったのである。

バトル後、「ちょっとしたカルチャーショックやで‥‥すごいもんやな人間ちゅうのは‥‥」と人間味のある発言をする久保。それだけ啓介の走りがすごかったという意味でもあるが、もはや人間性が凝り固まっているであろう1人の中年に、意外と言ってもいいほどのドラスティックな変化を起こしたこのバトルの凄さ、豊かさには感動すら覚える。久保の発言にも、走り屋愛が表現されている。

なお、バトル前に「勝つと負けるではボーナス報酬が大きくちがうのでね‥‥」と久保は言っていたが、果たして北条豪は彼にいくら支払ったのだろうか(笑)。

しかし、久保にはこれからもサイドワインダーや北条豪らと手を取り合っていってほしい。いつかその後の世界観を覗き見してみたいキャラクターなのである。


※この記事はベストカーWebの記事を再編集したものです。

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