クルママンガの金字塔『頭文字D』(しげの秀一著)のなかでも「名勝負」といえるバトルを紹介する本連載企画!
今回は異例中の異例なバトル。
今回は異例中の異例なバトル。
高橋涼介が久々に登場し、因縁の相手と決着をつけるのだが、なんと相手には明確な殺意がある。
そして、RX-7とGT-Rという日本を代表する2台の名車によるバトルでありながら、涼介にとっては最後の公道バトルとなる。涼介ファンならずとも絶対に目が離せない名シーンが続出だ!
(第41巻 Vol.580「宿命の対決再び」~第42巻Vol.605「終結(後編)」より)
文:安藤修也 マンガ:しげの秀一
【登場車種】
■先行:マツダ・RX-7(FC3S型)
→ドライバーは高橋涼介。「プロジェクトD」のリーダーにして指揮官でもある。久々のバトルながら、そのドライビングテクニックは「赤城の白い彗星」と呼ばれた頃と変わらず。今回のバトルを経て、日頃から喜怒哀楽の少ない涼介の人間的な部分が見えるようになる!?
■後追い:日産・GT-R(R32型)
→ドライバーは北条凛。1980年代ロッカーのようなロンゲだが、その危険なドライビングスタイルから箱根界隈では「死神」と呼ばれている。神奈川第4ステージの相手「サイドワインダー」の北条豪の兄でもある。バトル前には「命のやりとりをする」「おまえ(香織)のそばに送ってやるよ」と危険発言。だいぶこじらせている感じ。
【バトルまでのあらすじ】
「プロジェクトD」による神奈川遠征は、いよいよファイナルの第4ステージを迎える。しかしその前に、高橋涼介は「やり残したことがある」と言い、地元の赤城山で走り込む。
FC3S型RX-7に大型の吊り下げウイングを装着したメカニックの松本にのみ、これからバトルに挑む旨を伝えた。涼介の決意のほどを感じ取った松本は、自分も同行し、スタート地点で待つので絶対に生きて帰ることを涼介に約束させる。松本という名バイプレーヤーの存在に気づかされる瞬間だ!
そして、群馬から箱根までの道中、相手との因縁について涼介が松本に話をする。作中ではバトル中に、回想シーンが挿入される構成となっているが、ここで先に概要をまとめておく。
3年前、涼介は大学の1年先輩の香織と恋に落ちる。彼女には親の決めた婚約者(北条兄)がいたが、香織は涼介を選ぶ。北条父(病院院長)に恩があった香織の父は香織をとがめ、結果的に香織が自殺するというショッキングな結末を迎えた。そして、この日は、香織の2回目の命日であったのだ……。
バトルの舞台は、かの有名な箱根ターンパイクと思われる。有名な有料道路であるため、ここを走った経験がある人も多いと思うが、松本の分析によれば、「これほどの超高速ダウンヒルステージは他では見たことがない」ほどの難所である。
【バトル考察】
涼介と北条兄は一言二言交わしただけで、大観山ドライブインから山を下る形でスタートする。
後追いの北条兄はすぐに状況を分析。「旋回能力は互角」、「馬力(パワー)は明らかにこっちが上」、「制動(ブレーキ)に関しては軽いぶん向こうに利がある」。
しかし、さらに続ける言葉が怖い。「止まれないなら、不可抗力として、ぶつけるだけのこと」。つまり勝敗は、涼介が逃げ切るか、北条兄が仕留めるかだとわかる。
さらにスタートしてすぐ、フェアレディZに乗る池田が2台の後ろにつける。
池田は、神奈川第3ステージで啓介と熱戦を繰り広げたチーム「スパイラル」のエースだが、どうやら日頃から箱根で自警団的な役割をしているらしく、「峠のルールを壊す存在は断じて許さん」と、北条兄を捕捉しにきたのだ。さすが寺の息子!(←関係なし)
つまり、このバトルは、RX-7、GT-R、フェアレディZという(異論があるかもしれないが)、日本のスポーツカーでもトップ3の人気モデルが絡むバトルになり、とにかく描写がアツい。
しかも、しげの先生の筆にはまったくパースに狂いがなく、純粋にマシンを眺めてるだけでも美しく、ため息がでてくるほど。かつて、これほどまでにクルマのスピード感をリアリティを持って描けたマンガ家がいただろうか。
やがて北条兄がしかける。コーナー入り口で、FCのリアバンパーにGT-Rのバンパーをぶつけてきた。
後方で見ている池田曰く「ターンイン直前の安定期に入る直前にあれをやられるのが後輪駆動には一番つらい!」のだが、涼介は見事にコントロールして体勢を立て直す。さらにもう一度GT-Rがぶつけようとするも、FCは常人離れしたコーナーへの進入の早さでかわす。
しかし、やはりGT-Rは速い。直線でFCに追いつくと、FCのイン側にフロントノーズを入れ、そのままボディをFCに叩きつける。
このサイドプレスに対し、FCは山壁に車体を乗り上げて斜面をバンクがわりに走行しつつコース復帰したり、ガードレールにぶつかる瞬間にGを逃して衝撃を吸収したり、 フルブレーキングで後方へボディを抜くなどして、すべてかわす。どれも神業であり、涼介の天才的なテクニックが肌で感じられるシーンだ。
バトル中、北条兄が、「オレが許せないのは、お前がとっくに立ち直って前に進んでいることだ」と問えば、ありえないはずのことだが、シンクロした涼介が、「それは違う!! 傷の深さは…悲しみの大きさは…絶望して立ち止まってしまうこととは別なんだ」、「どんなに苦しくても、前に進むことが俺たちの義務だ…」と答える。
さらに涼介は、「あの人はオレと同じ苦しみを抱えている」、「きっかけが必要なだけだ。オレはあの人を信じる」と本音であり、今回のバトルの目的を暴露。どちらもプラトニックなのだ。
コース終盤になると、ボディが重い4WDのGT-Rは、ブレーキとタイヤが終わりを迎える。北条兄にとって、涼介がこれほどのハイペースで逃げることは誤算だったのだ。
自暴自棄になる北条兄。その異変を感じ取ったFCは、なんと最終コーナーでアクセルを抜き、ブレーキング。減速したFCのリアバンパーにGT-Rのノーズが突っ込む! なんと涼介は、北条兄を助けるべく、FCでGT-Rの車体ごと受け止め、停止させようというのだ。
しかし、2台の軸がずれていてバランスが取りづらく、制動力をマックスに使えない。涼介不覚! このままではクラッシュする! その瞬間、ずっと後ろで傍観してきたフェアレディZが2台の横をすり抜ける。
そして、「あんたひとりにそこまでやらせるわけにはいかねぇな!」と、FCの横にぴったりつけ、共にGT-Rを支えた。白眉の名シーンである。
2台のブレーキ力によって、3台は料金所の目の前でなんとか停車。クルマから降りた涼介と北条兄は言葉を交わし、ついにわかり合うことができた(この時の2人の会話はぜひ本編で!)。
ここで物語は帰結し、涼介の神秘性とカリスマ性はさらに増すのであった。
今回のバトルは、いつものような抜いて抜かれての決着ではないため、人によっては外連味に乏しいというかもしれない。
しかし、そもそもこのバトルの見所は、クルマ同士の速さ比べではなく、涼介と北条兄との心と心のぶつかり合いなのだ。ここに気がつけば、危険だと思えた2台のぶつけ合いも、ストーリーに深みを与えているということがわかる。
強大な悪者(GT-R)を、悪の道から救うべく神業を持つ正義の存在(FC)と、純粋に峠を愛する聖者(フェアレディZ)とが救うラストシーンは、陶酔的なまでに美しく、そして見応えがある。
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