クルママンガの金字塔、『頭文字D』(しげの秀一著)を彩る名勝負を紹介していく本連載、今回は、ハチロク同士が争う注目のバトルを紹介します。
主人公の愛車がエンジン載せ替え! という号外的ニュースに、チューニングの方向性が真逆な2台の勝負、さらに親友・イツキの恋までもが、同時進行しながら複雑に絡み合い、最後にまとめてすべての決着がつくという、韓国ドラマもビックリの「ザ・ドラマ」を紹介しよう。
(第13巻 Vol.134「彩の国 埼玉(意味不明)」~Vol.143「予期せぬ幕切れ!!」より)。
文:安藤修也 マンガ:しげの秀一
過去回は 記事連載: 頭文字D名勝負列伝 から
【登場車種】
■先行:ホンダ・NSX(初代)
→ドライバーは北条豪。箱根の「死神」こと北条凛の弟にして、「サイドワインダー」のエース。スタート前、高橋兄弟の仲のよさを目の当たりにしてジレンマを感じる。ピーキーなクルマを操り、コーナーワークの速さで勝負するタイプで、愛車は大型スポイラーとエアロパーツを取り付けた、まるでレースカーのようなルックスのスーパーNSXだ。
■後追い:マツダ・RX-7(FD3S型)
→ドライバーは高橋啓介。ここまでの神奈川勢とのバトル後、ライバルたちが下した評価は、「リアタイヤに体の神経が同調しているかのようなトラクションのコントールができる」、「ブースターに点火したジェット戦闘機のような領域に入っていく」など。愛車のFDは、今回のバトルに向けてセットアップを少々変更。カーボンボンネットも採用している。
【バトルまでのあらすじ】
プロジェクトDのメンバーが箱根に乗り込んで、まずはバトル前日のプラクティス(練習走行)がおこなわれた。
すると、啓介がマシンを降りるなり、「今までと比べものにならないくらいの人数がストップウォッチを持って立っているぜ」と報告。ダウンヒル担当の“シンジ”にデータは無用ということで、サイドワインダーはFDのデータを集中的に集める作戦に出ていたのだ。
そもそもこのバトルは、それぞれのチームの参謀でもある、高橋涼介と久保英次との争いでもある。
涼介は説明するまでもなくプロジェクトDの創設者で、そのカリスマ性と信頼とでチームを引っ張るリーダーだ。一方、久保は雇われ者だが、レースの理論と情報戦とを峠に持ち込み、勝つためのクルマを作ることを得意とする。
事実、久保が参加したことで、サイドワインダー全体のレベルが劇的に引き上げられたという。
久保の作戦は、これまでの神奈川3戦、そして今回のプラクティスで取れるデータを徹底的に洗い出して分析、そこから割り出されるセッティングをNSXに施し、アドバンテージを15秒取れるという部分まで計算している。
しかし、プロジェクトDは分析されることがわかっていても、時間の限られたプラクティスを疎かにできるはずもなく、バトル前にして、圧倒的に不利な状況が作り上げられていた。
そして、いよいよバトルが開始される……という場面で、北条豪の前に兄の北条凛が現われた。兄は今までの自分の行い(峠で悪さをして、家族にも迷惑をかけていたこと)を謝りつつ、「楽しめ」と弟に告げた。その言葉に、弟(北条豪)は涙するのであった。
【バトル考察】
ヒルクライムはトラクションが重要だ。コーナー出口でパワーをいかに効率的に路面に伝えるか。その点ミッドシップは有利で、さらに、ターボのFDよりNA(自然吸気)のNSXは、タイヤにも負担をかけない。つまり、消耗戦となればFDに勝ち目はなくなってしまう。
しかし、序盤はNSXがぶっちぎるようなこともなく、2台は連なって走り続ける。コースを4つに区切ると、中速エリアの第二、第四区間はNSXにアドバンテージがあるとみられており、案の定、第二区間に入ると、NSXはペースアップし、FDのタイヤをいじめにかかった。
それでもFDは食い下がる。NSXから離れないのだ。とんでもないハイペースを記録し続けた2台は、第四区間に入った。ここでさらに勝負を決めにかかるべくスパートをかける北条豪。しかし様子がおかしい。それでもFDが離れていかないのである。「なんだか…話が違うんじゃねえか…!?」北条豪に焦りが見え始める。
状況を聞いた久保も思わず「FDにそこまでのポテンシャルがあるはずがない」と唸る。作戦は脆くも崩れ去っていた。
しかし、その裏には、啓介の努力と成長があった。涼介曰く、連日の徹底した走り込みの成果で、「全開で走らずにコントロールしていても全開で走った時の挙動がわかるようになった」。
そして、神奈川エリアに入る頃から、啓介はプラクティスで全開の走りをしなくなった。しかも現在の啓介は、流していてもおそろしく速いため、久保には本当の戦闘力が図れなかったのだ。
1本目で決着はつかず、バトルは前後を入れ替えて2本目へ。熱ダレ、タイヤの劣化など、なにより長期戦の不利を承知している啓介は、スタート前、「3本目があるなら100%オレの負け」と悟りつつ、スタートを切った。
FDの走りを後ろから眺めることになった北条豪は、徐々にFDに魅了されていく。「それにしてもなんとまぁ…気持ちよさそうに走るクルマだ!!」、「ひきこまれる…この心地よいリズムにひき込まれてしまう…シンクロしていく」。
しかし、ここで北条豪はバトル前の兄の言葉を思い出す。
「楽しめ」。開き直る豪。「この男がオレの上をいくというなら…スピードとテクニックを追求するものとして、未知の何かに出会えるならば…しびれるほどラッキーなチャンスかもな」。
そして、今度はNSXがFDに食らいつくのだった。ここまで、最強のライバルとして、忌み嫌われるべき存在だった北条豪が、汚名を返上する展開が施されたのだ。本当にしげの先生の人物描写が丁寧で恐れ入る。
勝負のポイントは、1本目で北条豪が仕掛けたのと同じ地点だった。温存していたものをすべて吐き出すFD。
‥‥おかしい。このあたりから、読んでいてどうもおかしいのである。なにがおかしいかといえば、この作品はアニメではなくマンガのはずなのに、明らかにFDがペースアップしたのが感じられるのだ。
さらに、それが尋常じゃないスピードであることも!! これこそ、平面的で動きがないはずのマンガが、動きを感じられるアニメに勝利した瞬間である。
逃げるFD、追うNSX! 地元の走り慣れたコースでありながらも未体験ゾーンに入った北条豪は、思わず「やめられない…こんな楽しいことやめられっかよ!!」と喜びの言葉を叫ぶ。
しかし、FDはコーナーを超えるごとにNSXを突き放していく。攻める、踏む、追いすがるNSX……。限界を超えてしまったNSXはスピンを喫した。読んでるこちらも、一気に緊迫感から時離れる瞬間だ。それにしてもメッセージ性の強い両車の走りであった。
久保英治の設定したクルマの限界を突き破る、浮世離れした驚愕の区間レコードを刻むと同時に、FDの勝利が確定する。その時、FDからは炎のようなオーラがほとばしっていた。高橋啓介のプロジェクトD最後の仕事、熟しを徹底的に放出しまくった走りは、まさに鳥肌ものだ。
最後に付け加えて紹介したいのは、バトル途中に展開されたギャラリーの親子の会話である。
子「ボクも免許とったらマニュアルのスポーツカーに乗りたい」
親「誰にでも手のとどく安いスポーツカーがどんどんなくなってしまっているけど…スポーツカーが売れる時代がまた来るといいがな」
子「来ると思うよ。絶対に来る…」
これ、きっとしげの先生のメッセージですよね。熱いぜ!
『頭文字D』『MFゴースト』好評配信中!
■旗艦サイト【頭文字Dプロジェクト】で情報が集結中!
頭文字Dを軸に、クルマ関連コンテンツが集結する自動車エンタメプロジェクト【頭文字Dプロジェクト】がオープン。週刊誌「ヤングマガジン」やコミック、動画、SNSなどで発信された『頭文字D』関連情報が、このホームページで網羅できます。もちろん『MFゴースト』の情報も! オーバー!