連載期間18年の間にコミックス全48巻を刊行し、一大ブームを巻き起こしただけでなく、現在も読まれ、そしてさまざまな角度から検証され続けて、ファン層を拡大しつつある怪物マンガ『頭文字D』。
同作品に登場したクルマたちの世界観と魅力を読み解いていく本連載。第二回の本稿は、日産 スカイラインGT-R(R32型)を取り上げたい。
文/安藤修也 マンガ/しげの秀一
■名車 R32型スカイラインGT-Rの「横顔」
R32型スカイラインGT-R(1989-1994)/全長4545×全幅1755×全高1340mm、エンジン:2.6L直6DOHCターボ(280ps/36.0kgm)、価格:445万円
1989年にR32型で復活したスカイラインGT-Rは、デビュー時から人気を集めていた。しかしその後、現代までの間に一大ムーヴメントを巻き起こし、当時の日産開発陣が想像していた以上の存在感をみせている。
2021年1月現在、同車の中古車情報をグーネットで調べると、最も安くて約300万円から(ただし走行距離不明や15万キロ以上の過走行車)、最高額で2560万円というものまである。流通する75台のうち、多くが500万円を超え、5台は1000万円超えという状態だ。
当時16年ぶりのGT-R復活となったR32型。技術の日産を象徴するモデルとして、その販売台数以上に多くのファンを魅了。今でも高い人気を誇る
より高い性能や走りの完璧さを求めたが、スタイリングにいまいち覇気がないと評価されたR33型。最後の“スカイライン”GT-Rとして迫力のあるデザインで登場したが、スポーツカー不遇の時代に重なってしまったR34型。
その両者とは異なり、日本のスポーツカー史、もとい、日本のクルマ史に名を残す名車として君臨するR32型GT-Rの価値が高いことは明快である。
名機「RTB26DETT」を搭載し、トルクスプリット4WDやアテーサE-TSシステムを採用するなど、1989年当時の最新技術が搭載された“ハイテクの塊”のようなモデルだが、スタイリングは親しみやすく、フィジカル的な汗臭さも感じられる。
そんな、どこか不健全な雰囲気をもっているモデルとは思えないほど、圧倒的な支持を得て、長年カーマニアたちの心を捉え続けてきたのだ。
■頭文字DでスカイラインGT-Rを操った登場人物は?
ただ、恐ろしく強いキャラクターというのは、強いが故に悪者になりがちだ。このR32GT-Rも、恐ろしく速いクルマである。『頭文字D』の序盤では主人公・拓海のライバル、中里毅の愛車として登場した。
さらに、作品終盤では、北条凛の愛車として登場し、高橋涼介ともバトルしている。結果を言ってしまえば、どちらも負けている。これだけの人気車なのに、いつも敵役、そして負けるというのはなぜなのか───。
物語序盤でR32を駆るのは、妙義山のチーム「ナイトキッズ」の中里毅。クールさを装っているが熱血漢で、太い眉毛が力強さを感じさせる。しかし、どこか憎めないヴィランとして登場する。
愛車の R32は、スポーツコンピューターやステンマフラー、レーシングプラグ、トリプルプレートクラッチなどを搭載し、380馬力にパワーアップされている。バランスの良さそうなライトチューンだが、ハチロクと比べれば、圧倒的な速度感を想像させる。
さらにバトル前、毅は「ドリフト走行はグリップ走行には絶対勝てねえ」と言い放っている。以前はS13シルビアに乗っていて、ドリフト走行を熟知したうえでR32に乗りかえた。今では4WDならではの、しなやかでアグレッシブなグリップ走行を身につけ、明確な自信を獲得しているのだ。
■R32 スカイラインGT-Rが描かれたバトルシーン
作中のバトルでは、すべてが現実的に描かれている。非力なハチロクがR32 GT-Rに勝つためのキーとなったのは重量差。すなわち、フィニッシュまでR32のタイヤとブレーキが持つかどうかがすべてであった。
ハチロクは序盤からR32を追走するが、すべてのコーナーで4輪ドリフトをこなし、その差を広げないどころか、むしろつめていく。主人公は神がかった能力を解き放ち、弱者が勝つ、というヒーローものの起源的なストーリーだが、読む方もバトルの終焉まで緊張感とともについつい見入ってしまう。
しげの先生が描く2台のクルマと2人のドライバーの緻密な描写により、バトル中、毅のなかでどんな感情がうずまいているかも容易にみてとれる。彼が喫した敗北は悲劇的ではあるが、GT-Rが失うものは特にない。なぜなら敗因は、毅の心の乱れや葛藤であり、タイヤとブレーキのマネージメントミスだからだ。
R32のコーナーの立ち上がりやストレートで加速していく姿は迫力にあふれており、バトル中に何度も描かれるアルカイックなフロントフェイスに読者は引き込まれてしまう。
毅のR32のボディカラーは黒である。ダークな色合いというのははやり悪役にたとえられがちだが、夜の峠で黒いクルマが疾走する姿がまたシブい。負けてなおカッコいい敵役というのも、やがて時代の終焉を迎えるスカイラインGT-Rらしさであり、実に印象的な存在である。
※この記事はベストカーWebの記事を再編集したものです。