クルママンガの金字塔『頭文字D』(しげの秀一著)の「名勝負」を振り返る本連載。今回はいよいよ第8回。前回(第7回)のバトルで、ついにプロのレーシングドライバーに(なんとかギリギリで)勝利した藤原拓海とプロジェクトDの仲間たち。今回は、埼玉エリアに乗り込み、ヒルクライム担当の高橋啓介が女性ドライバーと対決をすることに。しかし、その娘が啓介に惚れてしまって、バトルは思わぬ展開に?
(第22巻 Vol.272「恭子の純愛モチベーション」~Vol.280「せつない決着」より)。
文:安藤修也 マンガ:しげの秀一
過去回はこちら
連載第1回 激闘の「vs.RX-7(FD3S)編」
(第22巻 Vol.272「恭子の純愛モチベーション」~Vol.280「せつない決着」より)。
文:安藤修也 マンガ:しげの秀一
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連載第1回 激闘の「vs.RX-7(FD3S)編」
【登場車種】
■先行:マツダ・RX-7(FD3S型)
→ドライバーは岩瀬恭子。カー用品店に勤めながら、「大好きなFDに負けないくらいのかっこいい人といつかは絶対出会えると信じてる」と夢見る少女。愛車がロールバー&フルエアロのFDということだけでも、ビューティーな容姿の裏に潜むヤンチャさが伝わってくる。
→ドライバーは岩瀬恭子。カー用品店に勤めながら、「大好きなFDに負けないくらいのかっこいい人といつかは絶対出会えると信じてる」と夢見る少女。愛車がロールバー&フルエアロのFDということだけでも、ビューティーな容姿の裏に潜むヤンチャさが伝わってくる。
■後追い:マツダ・RX-7(FD3S型)
→ドライバーは高橋啓介。『プロジェクトD』のエースのひとりで、ヒルクライム(上り)担当。日頃からつっぱった態度をとっているが、今回のバトル中も終始、考えながら走っており、実は結構、理知的な男である。女性に対しても同じで、思慮深く優しい。そらモテるわけだ。
【バトルまでのあらすじ】
遠征の下見に埼玉へ来た啓介と、同コース上で携帯を落として探していた恭子。奇しくも2人が出会うことが、今回のバトル(と恋愛)のきっかけだ。世の中には、女性ライバルとの勝負で勝利して、その女性の心をも奪ってしまうというストーリーが少なからずあるものだが、今回、イケメン啓介は、なんとバトル前から女性ライバル(恭子)のハートを撃ち抜いてしまう。このフォーマットにハマっていない恋愛ストーリーが、今回の意外性のあるバトルを象徴している。
「イナズマに打たれたみたいな気分」と、啓介に一目惚れした恭子。チームのエースで、埼玉エリアでは名の知れた存在であった彼女だが、次のバトルの相手が啓介だと知り、戸惑いを見せる。この段階で、啓介の勝利は決まったようなものだったが、友人から「運転うまいとこ見せれば、むこうだって恭子に興味持つはずだよ」と言われたことで、恭子は逆にモチベーションを高めてバトルに打ち込むことになった。
そしていざ、バトルへ! ……と思いきや、バトル前にトラブル発生。練習中、コース上で恭子のFDがエンスト。たまたま通りがかった啓介が、「マシンのメンテもしねえで勝てると思われてるとしたら心外だぜ。がっかりなんだよ」と捨て台詞をはいて立ち去る。落ち込みまくる恭子。しかし、啓介はすぐにプロジェクトDのライトバン(機材車)に乗って引き返してきた。さらに、自らの手を汚しながら、チームスタッフとともに恭子のFDを修理する……。最後に「気持ちは走りで返してくれ」と啓介。ツンデレの極地である。
そら、恭子はさらに惚れてまうやろー!(笑)
【バトル考察】
今回のコースは、かなり荒れた峠道だ。幅は2台がやっと並べる程度の狭さで、アスファルトは波打っている。バンピーな路面は、闘争心全開のアクセルワークが身上の啓介にはハマらない。案の定、スタートしてすぐに啓介がつぶやく、「っかしーな…、いっぱいいっぱいじゃねーか…!?」と。
啓介向きじゃないとわかっていながらこのコースを選んだのは、プロジェクトDリーダーの高橋涼介にも狙いがあってのこと。曰く、「路面の状態が悪いのでトラクションがかかりにくい…アクセルワークのトレーニングにはかっこうのステージなんだ」。アクセル開度を、現在5段階だとしたら、10段階くらいまで増やしてコントロールする技を、啓介に身に付けさせようというのが、涼介の目論見だった。
一方、恭子は絶好調だ。啓介の前を走りながら、「峠を攻めていてこんなに充実した気分になれたことない…」「ただ見てほしいだけ…」「今だけはあの人の意識を独占してる!! それだけであたし幸せ!!」と。
男と女が逆の立場なら、ちょっと不純な感じだが(笑)、とりあえず可愛いから許す。
いいぞ、もっとやれーッ!
それにしても、FDの美しさ、である。国産車史上最高のデザインに選ぶ人も多いFDが2台で絡みあう姿、
しげの先生の圧倒的な画力がその魅力をさらに高めている。ファンならずとも、眺めているだけでうっとりする。バトル中、ギャラリーがFDの美しさを語らうシーンまである。「芸術品みたいな曲線のボディ」「あれほどキレイで存在感あって、おまけに峠にはえるクルマは他には絶対ないよ!」と。
その後、数ページに渡ってさまざまな角度からFDの走る姿が描かれ、セリフはなく、ただ効果音のみのシーンが続く。FD同士のバトルだからこそ成り立つ描写である。
啓介は前述のとおり、走りながら学んでいく。シングルタービンの特性に気付き、高度なアクセルワークを修得する。まさにこのバトルは、啓介が成長するための必要なエッセンスを含んでいた。これらに元から啓介が持つ攻撃的で強い精神力がプラスされた時、もはや恭子に啓介を止めるすべはなかった。コース終盤のタイトなヘアピンで、ついに恭子のFDをとらえる。最終的には1段階レベルアップして、風格的なものまで備えた啓介であった。
恋愛模様を織り交ぜた今回のバトルはとても異色である。バトル終盤、2人のランデブー中に、ドライバーと車とがシンクロするシーンがある。現実と虚構の狭間が曖昧になり、「楽しいよ、終わりたくない」と、恭子は恋という無敵のドラッグに酔いしれる。バトルのことだけ考えている啓介でさえ、「不思議な居心地の良さはなんだろう」と、陶酔感に浸っている。
男臭いバトルが続いてきた(今後も続く)この作品において、このファンタジーなバトルは、その世界観に深みを与えている。
バトル後のラブコメシーンは、急にほほえましくなり、それはそれで好感が持てる。ちなみに、その後に行われたダウンヒルは、あっとういう間に拓海のハチロクがぶっちぎって、勝負がつきましたとさ(笑)。